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ポテトサラダを作る出版社

 朝8時、ジャガイモをゆでることから始めます。鍋を火にかけて、ジャガイモが柔らかくなるまでの約45分、原稿を先に進める日もあれば、校正に費やす日もあります。いや正直に白状すると、店の小上がりに寝転がって、夜にやって来るお客さんがどんな人なのか、私の料理に不満を抱かれないかなどと心配をしながら、スマートフォンの画面に見ても見なくてもいいような情報を上下に滑らせる。そんな日がほとんどです。

 ゆで上がったジャガイモは熱いうちに皮をむきます。塩や香辛料で下味を付けるところまで済んだら、車に乗って買い出しに出掛けます。従業員を何人も雇っている店は、ほとんどの食材を配達してもらうのでしょう。私のように一人で店を営んでいる者は「肉はここ、魚はあそこ」というように、あちこちを回らなければいけません。途中で、同じく小さな店を営む同業者と顔を合わせることもしばしばです。

 出発してから帰ってくるまで1時間半ほどでしょうか。東北の地「山形」ですから、雪の積もる季節なら2時間超えも珍しくありません。車中では最近、柳家喬太郎さんの落語を聴いています。取材の直後であれば、録音したインタビューをスピーカーから流し、どう編集しようかと思案しつつ、信号が赤に変わるのを待ちます。

 店に戻って何をするかは、その日の予約状況によるでしょうか。さっきのジャガイモにマヨネーズを混ぜることだけは絶対にしません。それはお客さんに運ぶ直前であるのが、風味という点で望ましいからです。

 満席ということでなければ、図書館へ行くくらいの時間はあります。今は次作のために、山形県の伝説について調べています。ある山の頂に「中をのぞくと死ぬ池」が存在するというのですが、100年ほどさかのぼっても地図にその山の名がない。果たしてどこを指すのかと、さらに古い資料に手掛かりを求めているのです。

 1時間もすると、店の方が気になってきます。そろそろ準備の続きに取り掛かるべきか。本作りを専業にすれば、こんなそわそわした心持ちで調査をすることもなくなるのに。とはいえ、会社が立ち行かなくなっては元も子もありません。

 資料の必要な部分を複写して図書館を出ます。車に乗り込む直前、ズボンのポケットに入れていたスマートフォンが震えているのに気付きました。画面を見ると、先日、私の本について取材をしてくれた山形新聞の記者さんからの着信だとわかります。

 彼は記事の掲載日を教えてくれました。次に、私の肩書をどう記すべきかと相談してきます。「料理店経営者」か「出版社経営者」か、または「作家」か。

 ——さて、何がいいのだろう。
 
 運転席のドアノブに指を掛けながら、私もしばしうなります。そして、前に本を出した時も同じことで悩んでいたのを思い出すのでした。

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