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深夜の病棟で書店員は悩んだ

こんにちは。
文学通信の松尾と申します。

前回、文学通信が版元日誌に登場したのは2019年。ちょうど文学通信の引っ越し前でした(「出版社の引っ越し」)。

この引っ越しから、さらにもう一度移転し、今は東京都北区東十条におります。先日、会社の前に大切なものが入ったままのリュックサックが落ちていて、よくよく思い返せば、2か月程前に読みかけであろう文庫本がポツンと忘れられていたのも、ほぼ同じ場所でした。東十条の忘れ物が集まってきている気がしなくもありません。

私はこの二度の引っ越しを知らず、文学通信に入社したのは1年前、東十条移転後です。その前は店で本を売る人、「書店員」をしておりました。

コロナ禍の約半年間は非正規雇用の書店員で、朝から夕方まではオフィス街にあるチェーン書店の人文書棚を担当し、夕方から翌朝まで、夜勤で病院の救急外来の受付を掛け持ちしていました。週5勤務の非正規では食べていけず、夜の病棟で電話での診察受付や治療行為に対する簡単な点数の計上、患者さんの転院先を探すため東京中の病院に電話をかけ続けて朝を迎えます。電話のベルもサイレンの音も聞こえない静かな夜は、本を読んで過ごしていました。

救急外来でも、会計が済むと「お大事に」と定番の言葉で患者さんを送り出すのですが、この「お大事に」をすんなり言えたことがありません。お腹をおさえ苦しそうに出ていく人がどうか朝まで少しでも眠れますように、というのが私の個人的な願い。ですが、そんなことは言えません。「お大事に」とだけ、申し訳なく、歯切れ悪く伝えます。この先の時間に私は関与することはできません。

これと似た感情を味わったことがあります。書店レジで、学生さんに高い本を売ったとき、会計が済んだあとに伝える「ありがとうございます」と、とても似ていました。

私が選んで、注文して、棚に差したけれども、帰り道や読んだあと、彼女は買ってよかったと思ってくれるのだろうか……と、毎度勢いよく飛んでくるレジのドロアーを押し戻しながら考えてしまう。あの感情です。

病院とは違い、本の発注から本を差す場所、帯の破れまで、棚のことすべて、自分の担当です。6年ほど書店員をした中で、この手渡す本たちの責任を少しずつ背負っていくのだと覚悟した日がありました。むしろ私に背負わせてくれと棚の前で願っていました。

編集部ではたらく今、ゼロから本を生み出す仕事には、どれほどの責任があるのだろうかと考えます。この責任で書店レジでの不安を1つ1つ回収することはできるのだろうかと考えています。

文学通信は社員5人とアルバイト1人の会社です。インデザインでの組版からイラストレーターでのカバーや帯のデザイン、営業部はないため、電話での注文を受けたり、書籍の発送作業もしたりします。学会のポスター制作やハイブリッド配信のサポートもしており、社内にカメラやケーブルなどの配信機材がたくさんあったりもします(私はそれらの機材をどのように使うのかまだ分かりません)。伝票管理、スリップのチェック、シフト調整、図書館への配達など…書店では毎日細かな作業も多く、またそれをなんとなく好ましく感じていた元書店員としては「いろいろできてよかったな」と忙しなくも安心しています。

日本古書通信社の折付桂子さんによる、東日本大震災から始まった「東北の古本屋」取材12年の記録をまとめた『増補新版 東北の古本屋』。

余震、原発の不安、風評被害の中で、なぜ古本屋さんたちは本を整理し売り続けたのか。さまざまな理由や思い、その背景が丁寧に綴られています。今回、装画も担当させていただきました。

さて、次に版元日誌に登場するときは東十条にいるのか、それとも!
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