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想い出の汀
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2024年12月12日
- 書店発売日
- 2024年12月16日
- 登録日
- 2024年11月25日
- 最終更新日
- 2024年12月28日
紹介
「ラ・サール高をタテに出て,東大をヨコに出た。」
白砂青松の鹿児島ラ・サール高校から,大学紛争まっただ中の東京大学へ。安田講堂事件,三島由紀夫との公開討論会にも際会。
1963-70年,昭和のど真ん中を駆け抜けた詩人の自伝的青春小説。
目次
桜島 胡座をかいて
松籟のもとで
白い聖火リレー
宿借りから海月へ
潮だまりの落とし穴
E♭mの裏声
水の盃 血の名残り
から潮の夏
奥多摩のおくつき
漣と艀
時化日和
背水の乱
桜と風は南から
芽ぶきどき
氷の栞
夢路はるかに
母はいろいろと
桃から桜へ
縦書きのヨーソロー
Mの変 冬の旅
あとがき
前書きなど
「奥多摩のおくつき」より
白球を追いながら,汀を歩きながら,テツはいつもどこか死のほとりで,ひと息ついてきたような気がした。だからというわけではないが,自分の体が野球で鍛えられたように,自分の心はいつもどこかで死で洗われ続けて来たような気もしていた。むろんそれが甘美な夢想だとしても……。
だからだろうか。山崎君の死に対しても,驚いたが,後ろめたさや遅れてしまったという気持ちにはならなかった。チャンスとばかり,彼の死を食い物にしたり売り物にする言辞には辟易した。眉をひそめた。山崎君の死を乗り越えて戦おう。そんな立看板やビラを見ると,腹立たしさすら感じた。乗り越えるだって。人の死は踏み板でもハードルでもないんだよ。そんな言い方は,よせよ。テツは内心こう叫んだ。
そして逆に,自分ひとりだけを苛もうとする時は,テツは内心こう叫んだのだ。テツ,自分を責めすぎることは,もっとも手安い自己陶酔だよ,と。
ただ山崎博昭くんの死が,テツの心になにかを落としたのは事実だった。党派的な人の言う死を遠ざけようとすればするほど,その死は密かにテツの心に忍び込んだ。
十月九日には,エルネスト・チェ・ゲバラが死んだ。
* * *
「あとがき」より
本書は一九六四年私がラ・サール高校に入学してから,一九六八年の東大紛争や一九七〇年の三島由紀夫事件,そしてほどなく私が東京を去るまでのことを,物語ふうに綴ったものです。
思い出というのは厄介なものです。ましてそれをうまく書き連ねてゆくことは──。
どうせそこには今の自分に都合のいい自慢や自嘲,時には誇張や歪曲もあるでしょうし,誤解だってあるでしょう。戦後八十年を経て,一九七〇年前後をふりかえることは,大正デモクラシー育ちの老人が明治維新をふりかえるようなものです。定かなはずがありません。わかりにくいのが当たり前です。しかしそのわかりにくさは,わたしの生き方のわかりにくさではなく,時が経っているというわかりにくさです。本書はいかにも昭和な人間の安直な身上調書といったところです。新しさもなければ,深さもないんですね。
ただここに登場する固有の人名や地名,あるいは施設名などは,すべて実在です。むろんそれが実際の姿かどうかは,また別のことです。
亡くなった人もいます。しかし遠いところにある人が近く感じられる時もあります。私はこれらの人々や時節を,今は虚[むな]しく懐かしんでいます。虚しく懐かしむとは,ただありがとうと言うほかないということです。(下略)
上記内容は本書刊行時のものです。