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改訂新装版 旅人伝説
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2025年10月1日
- 書店発売日
- 2025年10月8日
- 登録日
- 2025年5月9日
- 最終更新日
- 2026年1月14日
紹介
「小さき生の普遍性」 排外主義の時代に抗う、金泰生文学の終着点となる名作を復刊!
「この本は、済州島で生まれた朝鮮人の「ぼく」の人生遍歴であり、他者のことばである日
本語への旅であり、朝鮮や日本の人々が織りなす海にまつわる物語である。」(本書解説より)
済州、猪飼野、京都、東京、静岡(結核療養所)、埼玉川口、長崎・・
植民地支配と戦争の時代、平安とは遠い日常の中で一つ一つの生を慈しんだ「在日」作家の生涯の旅路がここによみがえる。
付録として、初の単行本収録となる肺結核の療養生活を描いた小説「爬虫類のいる風景」を添えて、名もなき命が息づく伝説の世界を約40年ぶりに復刊する。(本書と大きな円環をなす連作集『私の日本地図』と同時刊行)
目次
序章 ふるさと
ゴム靴
海
1 異国の町
下駄
雨靴
夢
2 メルヘンの人
手紙
花
鏡
3 旅
塩
まぶしい人
4 わが町
町に宿かる
汝もまた
長屋小景
幻の朝鮮人
5 なりわい
招かざる客
トランジスターラジオ
6 猪飼野再訪
恋文
「猪飼野」再訪
ある在日朝鮮人のオモニ
長崎から―あとがきにかえて
付録小説 爬虫類のいる風景
解説
名もなき命が息づく伝説 宋恵媛
前書きなど
郷里の村でぼくが初めて見た日本人は、隣り町の駐在所の巡査だった。巡査はつばの突き出た黒い帽子を冠り、黒い制服を着こみ、腰にピカピカ光る長いサーベルを吊して、黒い革靴の底をキュッ、キュッと鳴らしながら村道を歩いてくる。頭のてっぺんから爪先まですっかり黒づくめの巡査を遠くから見ると、まっくろい人間が腰のあたりに白く光るサーベルを蛇みたいにくねくねさせながら、近づいてくるようでとても気味がわるい。村には巡査のような服を着ている者は一人もいない。ふだん、村の人は男はチョゴリと下袴(パジ)、女はチョゴリにチマを着ていて服の色は白っぽい。野良仕事でたとえ変色していても見た眼には白く映る服を着る。冬になると女は綿入れを着るし、男は周衣(ツルマキ)を服の上に羽織る。村では巡査みたいな服を着る人はめったにいないから、ぼくは日本人は誰でもあんな服を着るものだと固く思いこんでいた。
時たま巡査に似た帽子を冠り、服を着た人がやってくることがある。黒い吊り鞄を肩にかけて脚にゲートルを巻いているが、サーベルだけは吊していない。いつもほこりっぽい田舎道をてくてく足早に歩いて来る。まれには別な人が赤い色の自転車にのってくることもある。だからぼくはその郵便屋さんもきっとみな日本人だときめこんでいたものである。(「ゴム靴」、冒頭より)
版元から一言
<推薦文より一部抜粋>
この作者には、人間を一つの骨片として見うる眼があるようだ。それはしたたかな感性に支えられ、悲しみを濾過した透明なことばのひびく世界を開く。
(中略)その愛をつなぐのは単なる肉親の血ではない。それは、ともに被植民地人として「在日」の最底辺の生活を生きぬいた故に、単なる共同体の血のワクも越えた、”恨多き呪われたる者”が見ることのできる人間そのものへの愛の眼である。(金石範)
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金泰生という朝鮮人少年の眼に映った大阪の街、猪飼野あたりの町工場の様子、そこで働く人びとの所作や感覚、これらを細密に描いた文章は、大阪の一角にこういう人びとが働き暮らしていたという確かな証拠となっている。金泰生はそれらを記憶し記録しただけでなく、記録しながら「反芻」する、その様子が文章から伝わってくる。それこそが歴史を書くにとどまらず、歴史への想像力を深めることになっていると感じさせるものだった。その文章の力は、半世紀後の現在でも失われていない。
一方の『旅人伝説』は、主に第二次大戦後を生きた人びと(多くは日本人)の生と死を描いていて、『私の日本地図』とは違った味わいがあるが、やはりこちらも歴史をそれぞれの断面で切り取った作品となっている。
二つの作品にいくつかの小品を加えて金泰生の文学世界が新たな形で再構成され、若い読者の手にも届けられるようになることを大いに喜ぶものである。(水野直樹)
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本書で使われている日本語は「教科書的な国語」ではない。おんどりを「玉子の父さん」と表現した一世女性の当意即妙はいうまでもなく、著者自身が生活するために苦心して身につけた日本語にも故郷での生活文化を直訳した味わいが混在している。それらは、植民地主義を食い破る生命力として、作品を陰影のある、魅力的なものにしている。
その魅力は著者の女性観にも通底する。宋恵媛氏が『旅人伝説』の解説で「ともに生きた同胞の女性たちの姿も確かな筆致で刻み込まれている」と書いているが、女性をみるまなざしが非近代的なのである。母親と離別したという個人史が作用している面もあるだろうが、意識の根っこには女性の生命力をあるがままに受けとめた郷里のジェンダー観がある。
さらに「みずたまり」など、何気なく読み過ごす言葉にも、済州島や猪飼野に見られた「いびつな文明」批判が潜んでいる。マイノリティーとして赤い涙を流す子どもたち、真の多文化共生社会を実現し、この国の日常を風通しよくしたいと願う大人たちに、必読の珠玉作品である。
編者の鄭栄桓氏・宋恵媛氏の丁寧な解説に助けられながら、細部にわたる謎解きも併せて、著者との対話を深めていただきたい。(宋連玉)
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国家の被害者としての被害者意識を徹底させたとき、そのときはじめて国家への癒着から自らの生を断ち切ることが可能になり、そのときはじめて日本人も客死を余儀なくされた他者たちの一つ一つの小さき生に想像をめぐらすことができるようになる。
小さき生の普遍性。昨今の排外主義を見るにつけ、日本人はこの貴重な思想をいまだ掴みとるにいたっていないという感を強くする。(中略)金泰生の日本語文学はある切迫感とともにその重みを増しつつある。(佐藤泉)
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金泰生は大鉈を振りかぶらず、正義を語らず、出会った人々を忘れないために淡淡と描いていった。金泰生文学は敵を叩くのではなく、優しく受け入れるケアに似ている。
生前金泰生は、飲み屋へと繋がる階段を上がるさいに「背中を押してくれ」と言ったものだ。
片肺の作家はゆっくりと歩き、正義を振りかざさないケア小説家だった。(林浩治)
上記内容は本書刊行時のものです。
