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木頭物語
百姓の家にもらわれた日、五歳の兄は「おらが行く」と泣いた
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2026年4月25日
- 登録日
- 2026年2月13日
- 最終更新日
- 2026年4月28日
書評掲載情報
| 2026-05-31 | 徳島新聞 |
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紹介
私は3歳で鎌を握り、草を刈った。
「忘れられた日本人」の田仕事、山仕事の思い出を綴る。
両親が戦争の犠牲となり、3歳で百姓の子にもらわれた著者。
常に手足を動かし、徹底的に働き続ける叔父のもと、
雨にもめげず、ハチにも刺されながら手伝いを続けてきた。
小学校の頃には、田植え、薪伐り、炭焼き、杉の植え付け、収穫など
農林業の一通りの仕事を覚えた。
高度経済成長期以前の人々の暮らしを、鮮やかに描き出す。
*著者のブログ「ジイの雑記帳」https://fujitamegumi.jugem.jp/
目次
一 山仕事の章 育てた木材を計測する日、緊張しながら目を光らせた
薪作り 一年間一五トン/苛酷な夏の下草刈り/木材の量を確定する「寸検」/したたる樹液の甘さでシイタケの原木を判断した/ミツマタの手伝い/炭窯造りの名人が咲かせた梅の花/「拡大造林」に忖度しなかった叔父の山/尻皮は山仕事の必需品
二 田仕事の章 「牛が痩せている家の娘は相手にするな」
一世代で一枚開いた棚田/水を導く水路と樋/「草飛ばし」と石垣の手入れ/田植えは年間最大の行事/除草も牛の世話も……人海戦術/血統書付きの「末広号」という牛/稲刈り 天候の急変に右往左往/生活に密着していた石垣/雪隠と肥担ぎ
三 遊びの章 ウナギは川にいくらでもいたのに
釣りの思い出/芋焼酎と堰干しの河原/キジの雛と小鳥の卵/首のない鶏が飛んだ/ターザンの子供たち/釘打ちとメンコ遊び/乱暴な先生へ逆襲
コラム 木頭語
四 暮らしの章 米の音を聞けば臨終でも息を吹き返した
足なか(ワラ草履)づくり/蛇と鼠の運動会/叔母の民間医療/「置き薬」のからくり/五右衛門風呂/「ヒゼン」という伝染病/サツマイモを洗う/子供のおやつスイコッポ/炭を食う兄/焚き火/電池にゆず酢/敗戦直後のシングルマザー一家/仕事後の夕食を遠慮する人/「米の音」を聞くと病から回復/家を建ててはいけない場所/遍路
五 伝説の章 今も「おぎゃあ泣き」と呼ばれ祟りのある山
平家の落人伝説の伝わる「平家なろ」/刀剣持ち帰ると蛇/蟬谷の平家屋敷と赤水谷/平家の落人の家系図/おぎゃあ泣き/争いがあった難地/大逆事件、逃亡者と密偵の死/血の池と十二弟子峠/三人入水の「オリノ」淵/お祓いをするカクヤさん/方角を見るおじいさん/カラスと人の死/雷を落とすイタチ/木を伐る狸/狸に化かされた兄/不思議なトマコ/恐怖の弁当配達と「小豆洗い」/「火の玉」の記憶/新聞が報じた「大蛇と格闘」/キュウリの祟り
六 戦争の章 「この茶碗をあげるから、命だけは助けて下さい」
戦時下、五人の兄に赤紙/「戦争に負けたぞ」/兵事係への復讐/敗戦後混乱期に戦闘帽で入学/「南洋ボケ」/毒薬のヤブ医者/ヤミ屋と密造酒/古せ芋の涙
七 人生の章 デン叔母は賭博で家屋敷と田畑を稼ぎ出した
賭博師デン叔母/首をくくった隣の「じゅうおじ」/なまけ者のT叔父/殺されかけた大男/巨漢のショウやん/兄とドイツ製カメラ/大工さん顔負けの箱眼鏡/あざみ楽団/あざみ句会/花の御礼
コラム 拡大造林政策とクマ
前書きなど
霧雨がしとしとと降る夏の朝でした。三歳の私が土間へ降りて座敷の方を見上げると、二歳上の兄が膝を抱え、両手で涙を拭いながら「おらが行く、おらが行く」と泣き声をあげていました。一番年下の私が親戚へもらわれて行く場面なのに、父母や他の兄弟など、そのときの記憶はこれだけしか思い出せません。私の両親は戦争の犠牲になり、私が三歳の時に亡くなりました。私は、徳島県旧木頭村の北川(現那賀町木頭北川)にある叔父の家に引き取られることになったのでした。
迎えに来た叔母に連れられて、私は家を出ました。八歳上の姉がトンネルの入口まで約一㎞送ってくれました。叔父の家のある北川集落は、生家のある西宇集落から、那賀川を西の方角にさかのぼった場所にありました。叔母に手を引かれて、川に沿って上流へ向かう狭い道路を約一二㎞歩き、さらに急な坂道を一㎞ほどのぼって叔父の家に着きました。
恐る恐る土間から上がった時、自分の濡れた足跡が板の間へくっきりとついたことが今でも鮮明に思い出されます。ガラス戸越しに外を見ると土間の入口のすぐ向かい側に牛小屋があり、刈ってきた草の荷を叔父が下ろしているところでした。
これが一九四三年のことでした。この日からいつの間にか八〇年以上も経ってしまいましたが、これが私の百姓のはじまりであり、それから二〇年以上にわたり、農林業のあらゆる仕事を手伝うことになったのです。
版元から一言
昔の人は偉かった。
上記内容は本書刊行時のものです。
