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歌集 シアンクレール今はなく
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2019年11月28日
- 書店発売日
- 2019年12月2日
- 登録日
- 2019年11月28日
- 最終更新日
- 2022年10月10日
紹介
『二十歳の原点』の高野悦子や作家・高橋和巳が生きた60年代を詠う歌人の第一歌集。その視線は危機を孕んだ現代をも鋭く照射してやまない。これほどまでに勁き闘いの意志を内に秘めた叙情歌があっただろうか。
喫茶店シアンクレール今はなく荒神橋に佇むばかり
悲しみの同じ空気を吸っていた同じ京都に連帯ならず
似合わないシュプレヒコールくりかえす未だ少女の面影残し
一冊の本が一生を変えてしまうことがある。川俣水雪さんの場合、高野悦子の『二十歳の原点』だった。高野悦子や、サマルカンドを共に旅した人や、京都の送り火を共に見た人へ。川俣さんの歌は、そんな大切な人たちへの呼びかけなのである。(吉川宏志)
初蝶のえふぶんのいちのゆらぎさえ行動予測されていたるも
有る程の菊列島になげ入れよひとつ制度の命終の朝
いまならば間に合うだろう(たぶんだが)積乱雲の湧ける 日本よ
川俣水雪の、時代への危機を孕んだ想念の旅は、時代を戦い主義に殉じた死者たちへ向かって歩幅を速めてゆく。(福島泰樹)
目次
Ⅰ
喫茶店シアンクレール今はなく
緑陰に閉ぢて六朝美文論
桔梗や高橋和巳逝きてなほ
花愛宕上洛と書く青インク
生意気を咎むるなかれ啄木忌
永き午後永き戦後や氷水
老杜甫の食べざるものに唐辛子
蜩や見るべきほどの事は見つ
この人にしてこの疾螢かな
梅真白覚悟ならないこともない
自転車の花売りハノイ旧市街
寒銀河恢恢にして漏らさざる
雲の峰国のかたちも崩れけり
不自由はございませんか柚子の花
師厳道尊 追悼 坪野哲久没後三十年
御色なおし
Ⅱ
ふたたびの上洛まで
ふたたびの京都にて
Ⅲ
わが現代短歌
『下谷風煙録』(福島泰樹歌集)一首鑑賞
坪野哲久一首鑑賞
跋 福島泰樹
解説 吉川宏志
あとがき
前書きなど
〈あとがき〉
シアンクレール(正式には、しぁんくれーる)には一度だけ行ったことがある。
貧乏学生にとって喫茶店はそうそう行けるものではなかった。珈琲一杯飲む金があればインスタント・コーヒー一瓶を買ったものだ。それでもサークルの集まりなどで進々堂、ほんやら洞(いまはない)、静香、六曜社、築地、フランソアなどには行っている。いわばハレの場であった。
高野悦子さんの『二十歳の原点』(『二十歳の原点序章』、『二十歳の原点ノート』も)は高 校時代、姉に勧められて読んだ。そのことが京都遊学のきっかけの一つになっている。全共闘運動・学園闘争の歴史的意味付けなどはわからぬながら、戦後民主主義の中で社会と自己を見つめ悩んだ日本の最良の子女たちの一人であったと思う。
高野さんが通い、小説家・高橋和巳が中国文学の講師として勤めたこともある立命館大学は、(戦前「京大事件」を闘った)末川博総長のもとで〈平和と民主主義〉を理念とする大学として河原町今出川を下った広小路にあった。ここには現在、小さな記念碑があるのみだが、衣笠キャンパスに末川総長の〈未来を信じ 未来に生きる〉碑と共に立命館という名の由来となった『孟子』尽心章句上の碑が建っている。
殀壽不貳、脩身以俟之、所以立命也
(短命もよし、長寿もよし、ただ一すじに自分の身を修め静かに天命の至るのを
待つのが、天命を尊重する道である)
最近、思いがけず癌が見つかり急遽手術することとなった。手術前、(万一ということも考え)この世に何か残したい、歌集一冊遺したいと思い立った。入院点滴中の身であったが、数時間の外出許可をもらい歌稿を集めて戻った。
収録歌は歌誌『月光』と『塔』に掲載された歌がほとんどである。習作の域を出ない未熟な歌だと自覚する。それでも現時点のありのままの私を残せればと思った。
この歌集は戦後民主主義、京都へのオマージュである。
大学通り 流れる川 走る路面電車
背の低い山を見て 君と僕の明日
この街が好きさ 君がいるから
この街が好きさ 君の微笑あるから
(高石ともや「街」)
「死」は「無」を意味する。「思う」ところの「我」は存在しなくなる。暗黒ということを表象することさえもできない。自分というものが一滴も存在しない世界。一〇〇年たとうが何億年たとうが二度と生き返らない自分。これは考えれば考えるほど恐ろしいことである。それゆえ、それに耐えられない弱い人間は宗教を求める。弱い人間である私も、〈南無阿弥陀佛〉と唱えて死んでゆくだろう。
遅かれ早かれ私は死ぬ。そのときは吉田松陰の次の言葉を贈ろうと思う。
呉々も人を哀んよりは自ら励むこと肝要に御座候
いつも温かく励ましてくれる「月光の会」(東京)、「塔短歌会」(京都)の歌友のみなさんには感謝のしようもありません。ありがとうございます。
ただ、今回の急な歌集出版にあたりご尽力くださった次の方たちには特別に名前を出して謝意を述べることをお許し願いたいと思います。
私を現代短歌の世界に導き、ご多忙ななか熱き「跋」をお書きくださった「月光の会」の福島泰樹主宰、冷静に私の歌と人間を見つめ温かい「解説」をお寄せいただいた「塔短歌会」の吉川宏志主宰に心より感謝いたします。
また、いろいろと相談に乗ってくださり有意義なアドバイスを頂いた青磁社の永田淳社主、東京から真っ先に駆けつけて励ましてくれた歌友の森村明氏、そして快く出版を引き受けて私の背中を押し続けてくれた静人舍の馬場先智明代表は、本歌集誕生の最初の一滴を産み出してくださいました。深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。
二〇一九年 秋
左京区の寓居にて 川俣水雪
版元から一言
著者の愛唱歌のひとつに〈野暮くさき歌詠みちらし過ぎゆかむ妙巧短歌汪溢の世に〉(清水房雄)があります。前衛でもライトヴァースでもなく、世の流行に遅れた位置から放つ、勁き闘いの意志を秘めた清冽なる叙情が川俣水雪の歌の本質です。「どうすれば〈自分の声で〉この複雑で巨大な現代社会を詠うことができるのか」と苦しみながら生み出されたこの歌集の中にあなたの心の琴線に触れる一首があることを願っています。そして永く愛誦していただければ幸いです。
上記内容は本書刊行時のものです。