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一房の葡萄
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2024年3月16日
- 書店発売日
- 2024年3月16日
- 登録日
- 2024年3月8日
- 最終更新日
- 2024年3月18日
紹介
大正を生きた作家・有島武郎の没後100年に、童話作品を総ルビ化して文庫サイズに収めました。文章を新字体・現代仮名づかいに改め、漢字には全てふりがなをつけています。監修は北海道ニセコ・有島記念館。
収録作品は「一房の葡萄」「溺れかけた兄妹」「碁石を呑んだ八っちゃん」「僕の帽子のお話」「火事とポチ」の5編。
有島が、子どものまなざしで揺れ動く心を描き出しています。作家が子どもたちへの想いを込めたお話の世界をお楽しみください。
目次
一房の葡萄
溺れかけた兄妹
碁石を吞んだ八っちゃん
僕の帽子のお話
火事とポチ
解説のような…… 有島記念館 主任学芸員 伊藤大介
我々がたどり着いた場所 本郷弦
前書きなど
解説のような……
有島記念館 主任学芸員 伊藤 大介
有島の童話に対する想い
有島武郎は、四十五年という短い生涯に八編の童話を残している。うち二編(「燕と王子」「真夏の頃」)は翻訳であるから、有島の創作童話作品は六編ということになる。その六編の発表時期は、本文庫の標題作「一房の葡萄」が一九二〇年、「碁石を呑んだ八っちゃん」「溺れかけた兄妹」が二一年、「片輪者」「僕の帽子のお話」「火事とポチ」が死の前年に当たる二二年であり、晩年に集中して発表されている。
この頃は、ちょうど有島の代表作と評される小説「或る女」を一九一九年に書き上げた後から、創作力、想像力の減退を感じて長編小説執筆ができずに悩んでいた時期に当たる。有島はその創作力減退の原因を自らの裕福な生活にあると考え、財産放棄など「生活改造」を行いつつあった。
このように考えると、短編である童話作品は長編を執筆できない埋め合わせの仕事ともみてとれる。しかし、そのような問題だけでは収まらない有島の童話に対する考えがある。有島は、父・武から二〇世紀に重要になる問題は何かと問われ、「労働問題と婦人問題と小児問題」とこたえたという(一九〇〇年代に入った頃=二〇世紀の初頭の問答であろう)。その後の歴史を見れば、有島の先見性が見てとれる。そして、ここに「小児問題」をあげていることは、これら創作童話が「埋め合わせ」とは決して言えない、有島が自らの問題意識
の発露の一端として書いたものと考えられる。
有島が童話創作の考え方について記した雑誌記事を引用すると、
子供に読ますものとしては子供の心持を標準として書いたものがない様に思へたので書き始めたのです。私の記憶によつても大人のする事でどうしても子供時代の私の心持とそぐわないと思ふ事が度々あつた。そんな時子供の心持に同情者となつてくれるものがなかつた。
とあり、子どもの目線を大切にしながら「子どもの物語世界」を指向して執筆したことがわかる。鈴木三重吉による児童文学雑誌『赤い鳥』が一九一八年に刊行され、近代児童文学が勃興した時期にあたり、有島もその創刊号には賛意を示している。
なお「一房の葡萄」は、有島が一九二〇年の『赤い鳥』に提供し、その後、「火事とポチ」を除いた本文庫所収各作品をあわせ、二二年に叢文閣から単行本『一房の葡萄』として刊行した。
この単行本について触れると、同書の挿絵とブックデザインは有島自らが手がけ、有島の多才な一面を垣間見ることができるものである。
同単行本の冒頭には、自分の息子三人への献辞が刷り込まれている。有島は、同書が自宅に届いた日のことを日記に残している。その日、帰宅して息子達が静かだと思ったら、熱心にこの本を読んでいてくれたので、大変嬉しかったと感想を記している。有島は、この様子からも、自らの創作の企てがうまくいったことに満足したのではないだろうか。
(後略)
上記内容は本書刊行時のものです。