著者プロフィール
渋谷哲也
(シブタニテツヤ) (著/文 | 編集)
渋谷哲也(しぶたに・てつや)
ドイツ映画研究。東京国際大学国際関係学部教授。
著書に『ドイツ映画零年』(共和国、2015)、編著書に『国境を超える現代ヨーロッパ映画250──移民・辺境・マイノリティ』(共編、河出書房新社、2015)、『ファスビンダー』(共編、現代思潮新社、2005)など。また『わすれな草』『あやつり糸の世界』『イエロー・ケーキ』などドイツ映画の字幕翻訳を多数手がける。
サリー・シャフトウ
(サリーシャフトウ) (著/文)
サリー・シャフトウ(Sally Shafto)
フランス及びマグレブ映画研究家。サラ・ローレンス大学客員講師、ウィリアムズ大学リサーチ・アソシエイト。『カイエ・デュ・シネマ』の旧英語版サイトにて翻訳を担当。2010年から2015年まで映画教育と映画祭取材のためモロッコに滞在。
著書にZanzibar: Les films Zanzibar et Les dandys de mai 1968 (Paris: Experimental, 2007)、編訳書にJean-Marie Straub and Danielle Huillet, Writings (New York: Sequence Press, 2016)など。
小澤京子
(オザワキョウコ) (著/文)
小澤京子(おざわ・きょうこ)
表象文化論研究。和洋女子大学人文学群准教授。
著書に『ユートピア都市の書法──クロード = ニコラ・ルドゥの建築思想』(法政大学出版局、2017)、『破壊のあとの都市空間──ポスト・カタストロフィーの記憶』(分担執筆、青弓社、2017)、『都市の解剖学──建築/身体の剥離・斬首・腐爛』(ありな書房、2011)、映画関連の論考に「《ゴダールの〈建築空間》の撹乱〉」(『ユリイカ(特集:ゴダール2015)』2015)、「映画における服飾的細部と着崩される文体(スタイル)」(『ユリイカ(特集:ウェス・アンダーソン)』2014)など。
千葉文夫
(チバフミオ) (著/文)
千葉文夫(ちば・ふみお)
フランス20世紀文学・イメージ論。早稲田大学名誉教授。
著書に『ファントマ幻想──30年代パリのメディアと芸術家たち』(青土社、1999)、『クリス・マルケル?遊動と闘争のシネアスト』(分担執筆、森話社、2014)、訳書にミシェル・レリス『縫糸』(平凡社、2018)、『ミシェル・レリス日記』(みすず書房、2001-2002)、ポール・ヴィリリオ『戦争と映画──知覚の兵站術』(平凡社ライブラリー、1999)など。
中尾拓哉
(ナカオタクヤ) (著/文)
中尾拓哉(なかお・たくや)
美術評論家。多摩美術大学大学院美術研究科博士後期課程修了。
著書に『マルセル・デュシャンとチェス』(平凡社、2017)、主な論考に “Reflections on the Go Board”(Gabriel Orozco, Visible Labor, Rat Hole Gallery Books, 2016)など。
伊藤はに子
(イトウハニコ) (著/文)
伊藤はに子(いとう・はにこ)
翻訳・著述業。専門は音楽学(ケルン大学・修士)。
訳書に『アンナ・マグダレーナ・バッハ──資料が語る生涯』(春秋社、2010)など。音楽事典 “Die Musik in Geschichte und Gegenwart” (Kassel 2003)執筆者。
筒井武文
(ツツイタケフミ) (著/文)
筒井武文(つつい・たけふみ)
映画監督。東京藝術大学大学院映像研究科教授。
映画作品に『レディメイド』(1982)、『ゆめこの大冒険』(1986)、『学習図鑑』(1987)、『アリス・イン・ワンダーランド』(1988)、『オーバードライヴ』(2004)、『孤独な惑星』(2011)、『バッハの肖像』(2010)、『映像の発見=松本俊夫の時代』(5部作、2015)、『自由なファンシィ』(2015)など。
赤坂太輔
(アカサカダイスケ) (著/文)
赤坂太輔(あかさか・だいすけ)
映画批評家。立教大学講師。
シネクラブnew century new cinemaを主宰、1990年代から世界の日本未公開作品や作家の紹介上映活動をおこなう。Derives, La Furia Umana、e-lumiere、desistfilm、中央評論等に寄稿。2015年より雑誌『NOBODY』に「メディア批判としての現代映画」連載中。著書に『マノエル・ド・オリヴェイラと現代ポルトガル映画』(分担執筆、EMブックス、2003)がある。
竹峰義和
(タケミネヨシカズ) (著/文)
竹峰義和(たけみね・よしかず)
近現代ドイツ思想・映像文化論。東京大学大学院総合文化研究科准教授。
著書に『アドルノ、複製技術へのまなざし──〈知覚〉のアクチュアリティ』(青弓社、2007)、『〈救済〉のメーディウム──ベンヤミン、アドルノ、クルーゲ』(東京大学出版会、2016)。訳書に、ミリアム・ブラトゥ・ハンセン『映画と経験──クラカウアー、ベンヤミン、アドルノ』(共訳、法政大学出版会、2016)、テオドール・W・アドルノ『模範像なしに──美学小論集』(みすず書房、2017)など。
中島裕昭
(ナカジマヒロアキ) (著/文)
中島裕昭(なかじま・ひろあき)
現代ドイツ演劇・演劇教育研究。東京学芸大学教育学部教授。
著書に『〈教師〉になる劇場──演劇的手法による学びとコミュニケーションのデザイン』(分担執筆、フィルムアート社、2017)、『学校という劇場から──演劇教育とワークショップ』(分担執筆、論創社、2011)、『ドラマ教育入門──創造的なグループ活動を通して「生きる力」を育む教育方法』(分担執筆、図書文化社、2010)、訳書にエリカ・フィッシャー=リヒテ『パフォーマンスの美学』(共訳、論創社、2009)など。
金子 遊
(カネコユウ) (著/文)
金子 遊(かねこ・ゆう)
批評家、映像作家。慶應義塾大学非常勤講師。
著書に『辺境のフォークロア──ポスト・コロニアル時代の自然の思考』(河出書房新社、2015)、『異境の文学──小説の舞台を歩く』(アーツアンドクラフツ、2016)、『ドキュメンタリー映画術』(論創社、2017)、『映像の境域──アートフィルム/ワールドシネマ』(森話社、2017)で第39回サントリー学芸賞を受賞。編著書に『クリス・マルケル?遊動と闘争のシネアスト』(共編、森話社、2014)、『アメリカン・アヴァンガルド・ムーヴィ』(共編、森話社、2016)など。
持田 睦
(モチダマコト) (著/文 | 翻訳)
持田 睦(もちだ・まこと)
演出家、河合塾講師。創造行為論。
編著書に『戦うことに意味はあるのか──倫理学的横断への試み』(共編、弘前大学出版会、2017)、訳書にペーター・ソンディ『ヘルダーリン研究──文献学的認識についての論考を付す』(共訳、ヘルダーリン研究会、法政大学出版局、2009)など。
堀 潤之
(ホリジュンジ) (著/文)
堀 潤之(ほり・じゅんじ)
映画研究、表象文化論。関西大学文学部教授。
編著書に『越境の映画史』(共編、関西大学出版部、2014)、『ゴダール・映像・歴史──『映画史』を読む』(共編、産業図書、2001)。訳書にアンドレ・バザン『オーソン・ウェルズ』(インスクリプト、2015)、レフ・マノヴィッチ『ニューメディアの言語── デジタル時代のアート、デザイン、映画』(みすず書房、2013)、ジャック・ランシエール『イメージの運命』(平凡社、2010)、コリン・マッケイブ『ゴダール伝』(みすず書房、2007)など。ジャン=リュック・ゴダール関連の DVD・BD 付属冊子に多数寄稿。
細川 晋
(ホソカワススム) (著/文)
細川 晋(ほそかわ・すすむ)
文筆業。
DVD「ストローブ=ユイレ コレクション」(紀伊國屋書店、2002-2011)企画協力など。「ジャン=リュック・ゴダール?Blu-ray BOX」Vol.1-Vol.4(KADOKAWA、2017)付属冊子に収録作20本の解説執筆。