書店員向け情報 HELP
出版者情報
在庫ステータス
取引情報
ヘンリー塚本 感動と情熱のエロス
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 書店発売日
- 2024年3月15日
- 登録日
- 2023年12月15日
- 最終更新日
- 2024年3月16日
紹介
ヘンリー塚本。AVにふれたことのある人であれば、誰もが耳にしたことがあるAV監督である。
その作風は主に「昭和」が舞台になっており、他のAVとは一線を画す独特な作品が多い。
その背景には何があるのか、生い立ちから彼が見ていた原風景、そしてAVの世界に入るまで、
さらに現在までを描いた渾身のノンフィクション、評伝である。
目次
序章 prologue 人の心に残る作品を──、
第一章 一九九四年四月、冷たい春の雨が降る午後に。
第二章 一九四三年、千葉県長者町・貧困・トウモロコシ畑の情事。
第三章 一九五七年、二本榎・小松川・江東楽天地・映画との出会い。
intermission#1 二〇〇九年晩秋・二〇一四年盛夏。
第四章 一九五九年、姉の死・池袋・三河島・不思議な夜。
第五章 一九七〇年、コペンハーゲン・悲しき天使・大塚・卒業・恋人たちの夜。
intermission#2 アダルトビデオの衰退・狂気の光・大蛇の夢・スリルとサスペンス。
第六章 一九八二年、足立区鹿浜橋付近、紀尾井町、〈なんでも撮ります〉の時代。
第七章 一九八二年、新宿京王プラザ、富山高岡、自由の値。
第八章 一九八四年、ブラックパックビデオ・AV黎明期・ビデ倫加盟。
第九章 八〇年代から九〇年代へ・バブル景気の終焉・心に残るAVの始まり。
第十章 九〇年代・セックスというものが持つ奥深いドラマ・レイプの深層。
第十一章 女優・男優・FAオールスターズ・独自のシナリオ作法と疾走の時代。
第十二章 さらにシナリオ作法の深淵へ・迫力・情熱・魂の叫び。
第十三章 独創的かつ特異な演出スタイル・夢のあるAV・光り輝く存在であれ!
第十四章 恋しい女という名の永遠の謎・人生は不公平・ゾーンに入る・そして新しい世界へ。
第十五章 情熱はファンの元に・最後もファミリービデオとして・AVという文化を作る。
intermission#3 二〇二二年七月、沈黙の向こう側。
第十六章 引退・そしてYouTubeへ・映画に救われ映像に生かされて──。
終章 二〇二三年夏、姉の死、再び。
epilogue 最後の日々、希望の光。
前書きなど
本書はヘンリー塚本というひとりの映像作家について、彼の人生、その作品を語る長い物語である。
ヘンリー塚本は八〇年代半ばより三〇年以上、アダルトビデオにジャンル分けされる作品を作り続けてきた。ゆえに一般的に考えれば、彼はAV監督ということになるだろう。
しかし僕は少なくともこの場では、ヘンリー塚本をAV監督と呼ぶには抵抗がある。なぜなら書店でこの本を手に取られたあなたが想像するであろうアダルトビデオと、彼の作品の間にはあまりに大きな隔たりがあるからだ。
一般の人が思い浮かべるAVとは何だろう? 若くてスタイルのいい女性が登場する綺麗なイメージシーンがあり、恥ずかしげに答えるインタビュー、そして日焼けし鍛え上げられた肉体の男優が現れ、煌々とライトが焚かれた生活感のないスタジオでのセックス、そんなところだろうか。
しかしヘンリー塚本のそれはまったく違う。
戦場という無法地帯で繰り広げられる殺戮、銃殺される女性兵士、「民族浄化」という名の下に行われる強姦。その舞台もベトナム戦争に於けるゲリラ戦から極左過激派クメール・ルージュが暗躍したカンボジア戦線、旧日本陸軍が進出した満州大陸から多くの兵士が自決した南方戦線までと多岐にわたり、しかもそれらは常に史実を大きく越え、彼のイメージの中で果てしなく膨らむ破天荒なフィクションとして構築される。
かと思うと昭和初期を思わせる農村で繰り広げられる性犯罪、義父と娘による土着的な近親相姦、戦後間もない頃の貧しい安アパートでの男女の狂おしい性交。さらには女性たちが奴隷のよう飼われる暗黒の近未来を描いたSF、そして七〇年代の連合赤軍事件をモチーフにした粛清とテロリズムを描いた作品もある。
それらは一九六〇年代から七〇年代にかけて、場末の映画館で三本立てで上映されていたB級邦画アクションの如きテイストを持ち、かと思うと中年男女の不倫やレズビアン女性たちの性愛を描いた作品には、懐かしき白黒フランス映画のテイストすらある。性犯罪物には松本清張や横溝正史の匂いがあり、同時に今村昌平の初期作品を思わせる、犯された女性たちの力強さ、したたかさまでが描かれる。
かつて昭和の高度経済成長期、世の中の流れに乗れないブルーカラーの若者や一部の大学生たちが、何かを求めて深夜の盛り場を彷徨ったものだ。けれど結局ゆくあてなどなく、ヤクザ映画やピンク映画を上映する場末の映画館にたどり着いた。塚本の作品にはあの頃の映画館の暗闇に漂っていた、言い様のない不安と甘美な安息が息づいている。これには作者の生い立ちが深く関係していると、僕は考えている。
上記内容は本書刊行時のものです。