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みんな彼女のモノだった
奴隷所有者としてのアメリカ南部白人女性の実態
原書: They Were Her Property: White Women as Slave Owners in the American South
- 出版社在庫情報
- 不明
- 初版年月日
- 2025年2月28日
- 書店発売日
- 2025年3月13日
- 登録日
- 2025年2月4日
- 最終更新日
- 2025年3月11日
紹介
これまで奴隷制度が敷かれていたアメリカ南部の女性は、夫の庇護下に置かれ経済的な主体性を発揮していなかったと理解されてきた。しかし、女性は奴隷の売買に積極的に関わり、奴隷制経済に直接関与してきた。従来の歴史観を180度変え、南部アメリカの奴隷制度の実態を明らかにした衝撃の書!
目次
序章 奴隷市場の女主人
第一章 女主人の育成
第二章 「あたしゃ奥様のもんだ」
第三章 「ご主人様ってぇのは、奥様のこった」
第四章 「彼女はもっといい市場を見つけられると思っていた」
第五章 「乳母、売り出し中/貸し出し中」
第六章 「奥様は奴隷を売り買いしてご満悦だった」
第七章 「奴隷たちは自由になって去っていった」
第八章 「前代未聞の強奪」
終章 失われた家族の絆、「失われた大義」
謝辞
初出一覧
訳者あとがき
註
文献一覧
索引
前書きなど
訳者あとがき
(…前略…)
本書の序章「奴隷市場の女主人」は、南北戦争勃発前夜の一八五九年に『ニューヨーク・トリビューン』紙の編集者によって出版された手記の抜粋から始まる。北部において人道的な見地からの奴隷制反対論が高まりつつあった当時、実際に南部を視察した同編集者は、南部の白人女性の去就に注目した。彼の推測によれば、彼女たちが奴隷制度に反対しない理由は、同制度の真の醜さを知らないから、つまり生々しい現実の蚊帳の外に置かれ、男性の庇護のもとで暮らす「傍観者」であるからであった。逆に言えば、奴隷制度の実態を知れば、彼女たちは反対派に傾くはずであるというのが、この編集者の見立てであった。
(…中略…)
第一章「女主人の育成」では、南部の白人少女たちが奴隷制度の浸透した社会や家庭でいかに奴隷所有者としての素地を養ったのか、その成長過程に焦点が当てられている。彼女たちや家族が残した日記や書簡、そして元奴隷身分の人々の証言などからは、少女たちが日々の生活を通じて、奴隷の「しつけ」(統括・管理法)を学んだ実態が分かる。加えて、奴隷身分の人々(特に女性)を親族から贈与・遺贈された少女たちは、奴隷を投資対象とみなすような商才(経済観)も修得していった。
続く第二章「『あたしゃ奥様のもんだ』」では、白人女性による奴隷所有の法的な側面が明らかにされる。当時の女性は、白人であっても、政治に直接参加はできなかった上に、慣習法によって財産の所有も大きく制限されていた(「夫による妻の庇護」の法理)。そのため、従来の歴史学研究では、女性の財産は婚前には父親や信託の受託者などが管理をし、結婚すると夫に帰属するとされた。他方、ジョーンズ=ロジャーズは、南部の奴隷所有層には、夫と分離した財産を明記した婚姻契約書、贈与証書、信託証書などの作成を通じて、こうした制約を回避した白人女性が存在した点を強調する。
第三章「『ご主人様ってぇのは、奥様のこった』」では、白人女性たちが、具体的にどのように所有奴隷を管理・養育したのかが、数々の事例を通じて提示される。奴隷を所有した家庭では、奴隷との日々の接し方に始まり、あらゆる事柄を巡って、夫婦間で意見が割れるのは日常茶飯事であった。とりわけ、妻が自分名義の奴隷を夫とは別に所有した場合、妻はその奴隷に対する支配権を主張して譲らなかった。奴隷監督や賃貸奴隷の借主とも、奴隷主の女性たちは堂々と渡り合った。衡平法裁判所で訴訟となった場合には、彼女たちは奴隷所有者としての権利を主張し、裁判所も原告・被告の性別を問わず判決を下した。つまり、彼女たちは、奴隷制社会の共同体において奴隷所有者として認識され、その役割を担い、奴隷制度の発展にも寄与していたと言える。
第四章「『彼女はもっといい市場を見つけられると思っていた』」では、奴隷市場にも奴隷を所有した女性たちが積極的に関与していた様子が描かれる。南部で生まれ育った彼女たちにとって、奴隷取引は日常の出来事の一つであった。男性の代理人や親族を介する場合が多かったものの、彼女たちは奴隷市場の動向と自分の懐具合を照らし合わせながら奴隷を売買したり、賃貸契約を結んだりした。売買や賃貸の対象となった奴隷身分の黒人とも掛け合った。このようにして、彼女たちは奴隷市場の知識と経験を積み、才覚を磨いていったのである。
「白人女性だけを対象としたニッチな奴隷市場」に注目しているのが、第五章「『乳母、売り出し中/貸し出し中』」である。病弱で母乳の出が悪い白人女性たちの我が子を心配する母性が、あるいは授乳から解放されたいという彼女たちの身勝手さが乳母市場を作り出し、乳母奴隷の市場価値を高めていった。乳母奴隷の売買や賃貸には白人女性たちの私的なネットワークが活用されたが、需要が高まるにつれ、公的な市場も拡大していった。その反面、黒人乳児の健康や乳母を担わされた黒人女性の心身的な犠牲は、蔑ろにされた。
乳母市場に見られたように、南部経済を支えた奴隷制度は、隷属を強いられた人々に対する非情極まる暴力性を内包していた。そうした暴力への南部白人女性の加担は、続く第六章「『奥様は奴隷を売り買いしてご満悦だった』」で繰り返し提示される。従来の歴史学研究の解釈をはるかに超えて、実際の白人女性たちはさまざまな種類の奴隷競売に参加していた。そればかりか、奴隷関連のビジネスにも、起業家精神を発揮して群がった。売春宿もその一つで、白人の女主人は所有した黒人女性たちの身体を何度も搾取することによって蓄財したという。
第七章「『奴隷たちは自由になって去っていった』」からは、南北戦争勃発後の銃後の混乱がうかがえる。白人女性たちは奴隷制度の瓦解を目のあたりにし、大きな不安を覚えた。奴隷解放は、それまで慣れ親しんできた社会・経済体制の崩壊ばかりか、奴隷主であれば、奴隷財産の喪失と財産所有に付随する特権の喪失を意味したからである。ただし、彼女たちはただ傍観していた訳ではない。南部連合軍による奴隷の徴用や連邦軍による逃亡奴隷の返還拒否に果敢に抗議をしたり、補償請求をしたりした。さらに、安全な奥地へ所有奴隷を「避難」させようとした者もいた。
第八章「『前代未聞の強奪』」では、敗戦によって奴隷制度が廃止され、自由労働制へと移行した過程が描かれる。解放民局の仲介のもとで比較的早くから賃金労働制に適応できた者、労働契約とは名ばかりで戦前とほぼ同様に解放された人々を搾取しようとした者など、元奴隷所有者であった女性が辿った道は一様ではない。しかしながら、多くの場合、彼女たちは貧窮し、奴隷所有者としての特権の喪失を嘆いた。こうした女性たちにとって、夫や息子の戦死よりも奴隷財産に関連した損失の方がトラウマになったと、恩赦を求める彼女たちの申請書などを精査したジョーンズ=ロジャーズは主張する。
その後、南部の白人女性の大半は、「奴隷のいない世界」という現実を受け入れていく。しかしながら、奴隷制度が南部社会に影を落とし続けた戦後をジョーンズ=ロジャーズは読者に想起させつつ、終章「失われた家族の絆、『失われた大義』」を結ぶ。隷属から解放された人々は、国内奴隷取引によって離散してしまった家族の捜索から、自由人としての第一歩を踏み出さなければならなかった。この捜索には途方もない時間とエネルギーを要したものの、報われない場合が多かった。他方、敗北を喫して奴隷財産を失った白人女性は、奴隷制度への加担を後悔するどころか、むしろその正当性を信じ、白人至上主義が色濃く反映された「失われた大義」の信奉者となっていった。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。