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カリブ海の旧イギリス領を知るための60章
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2023年9月15日
- 書店発売日
- 2023年9月14日
- 登録日
- 2023年8月3日
- 最終更新日
- 2023年9月29日
紹介
カリブ海域の大小の島々はいずれも欧州諸国の植民地であったか、現在も独立国でない海外領土である。本書はこのうちイギリス領に着目。黒人奴隷貿易、砂糖プランテーションの歴史を踏まえ、独特な文化や政治を、人種差別問題など本国との複雑な関係まで視野に入れて分析する。
目次
はじめに
地図
Ⅰ イギリス領カリブとは?
第1章 カリブ諸島の覚え方①――大アンティル諸島と小アンティル諸島
第2章 カリブ諸島の覚え方②――バハマ諸島、ABC諸島、その他の島々
【コラム1】ジャマイカ紀行
第3章 すべては征服から始まった――イギリス領カリブの出発点
第4章 連邦化失敗の歴史と小国から成り立つ現在――12独立国・6海外領土
第5章 カントリー・ハウスとグレート・ハウス――イギリスの地主とカリブのプランターの人的・文化的重複
第6章 地名が語るブリティッシュネス――地名は歴史の証人
第7章 現代におけるイギリスとの関係――歴史的謝罪をめぐる問題
【コラム2】英連邦ドミニカへの行き方
【コラム3】島へ渡るということ
Ⅱ 複雑な人種構成とその背景
第8章 イギリスの奴隷貿易――最も深く関与した国
第9章 砂糖プランテーションはどのように始まったか――バルバドスとジャマイカ
第10章 イギリス領カリブのフランス人――真に歴史に翻弄された人々
第11章 トリニダードのフレンチ・クレオール詳伝――エリック・ウィリアムズも遠縁だった
第12章 イギリス領カリブのインド人契約労働者――奴隷制廃止とクーリーの導入
第13章 イギリス領カリブのユダヤ人――アメリカ世界のユダヤ人ネットワークの一環
第14章 奴隷制廃止後の砂糖生産――自由貿易主義と奴隷解放の美名のもとでの経済悪化
【コラム4】「ブラック」への留意点
第15章 脱植民地化と砂糖生産の停止――産業国有化の理想と現実
第16章 グレート・ハウスと白人プランターの終焉――歴史の舞台から姿を消す旧支配層
Ⅲ 英語圏としての旧英領カリブ世界
第17章 カリブ標準英語を求めて――文化的架け橋としての辞書編纂
第18章 母語でもなければ外国語でもない英語の教え方――クレオール語との違いの認識から
第19章 ジャマイカの詩人ルイーズ・ベネット――クレオール語の地位向上に貢献
第20章 英語史とカリブ海域――シェイクスピアからレゲエまで
第21章 レゲエと英語とクレオール語――無形文化遺産となったジャマイカの国民的文化
第22章 歴史を映す各地のクレオール語――言語接触により生まれた言語
【コラム5】バルバドスのクリケット映画『ヒット・フォー・シックス!』
Ⅳ イギリス領カリブの成立と自立
第23章 労働組合から政党へ――奴隷制廃止後の英領ドミニカを例に
第24章 1930年代ロンドン――第三世界人脈の磁場
第25章 「西インド連邦」構想と挫折――「連邦」と「島内自治」との相克
第26章 英連邦ドミニカ――小さな島の歴史と多様性
第27章 独立を選ばなかった島アンギラ――シスターアイランズの相克①
第28章 分離しそこなった島ネヴィス――シスターアイランズの相克②
第29章 アンティグアとバーブーダ――シスターアイランズの相克③
【コラム6】我々の歴史を求めて
第30章 西インド諸島大学モナ校――研究の場として、職場として
【コラム7】イギリス史上最も偉大な黒人か集合的記憶か――メアリ・シーコール
Ⅴ カリブからイギリスへのインパクト――戦後移民と戦後文化の形成
第31章 第2次世界大戦後の移民――ウィンドラッシュ号の到着とその後
【コラム8】ウィンドラッシュ号の乗客たち――その多様性
第32章 本国へのプライド――クレオール(白人)女性作家ジーン・リースとドミニカ島
第33章 クレオール女性と「ノッティングヒル事件」――ジーン・リースが描いた「人種暴動」
第34章 戦後イギリスポピュラー音楽とジャマイカ――2トーンからパンク=レゲエへ
第35章 ジャマイカ生まれのイギリス詩人――伝説の詩人リントン・クウェシ・ジョンソン
【コラム9】ジャマイカの選手はなぜ速いのか?
第36章 現代に続く人種差別をめぐる物語――エシ・エデュジアンの『ワシントン・ブラック』
第37章 ステュアート・ホール――周縁からまなざす
第38章 西インド諸島大学と文学研究――自分たちの英文学、複数の英文学
【コラム10】トリニダードの英雄とウクライナの好敵手
Ⅵ レイシズムとアンチ・レイシズムの間
第39章 バビロン、シュガー、トライアングル――映画『バビロン』とカリプソ・ローズ
第40章 人種差別とポピュラー音楽――映画『白い暴動』
第41章 シネイド・オコナーのレゲエ・アルバム――カトリックとラスタファリをめぐって
第42章 吸血鬼の帝国と白いレゲエ――シネイド・オコナーとポリス
第43章 サフィア・カーンとスペシャルズ――微笑みで団結を
第44章 スペシャルズのBLM――ウィンドラッシュとスペシャルズ
【コラム11】BLM運動の中のイギリス
第45章 SUS法と1981年ブリクストン暴動――前世紀の法律の標的にされたイギリス生まれの黒人たち
第46章 ジョンソンの「ソニーの手紙」とSUS法――非標準英語で書かれた新たな古典
第47章 コルストン像、引き倒される!――慈善家か、奴隷商人か
第48章 ウィンドラッシュ・スキャンダル――移民と現代の奴隷制
【コラム12】ウィンドラッシュを記憶する(1)――ナショナル・モニュメント
【コラム13】ウィンドラッシュを記憶する(2)――ハックニー地区とヴェロニカ・ライアン
第49章 陰謀論とレイシズム――エリック・クラプトンの反ワクチン/反移民発言
Ⅶ 故郷喪失のカリブ
第50章 フィリス・オーフリーとドミニカ島――白人女性と独立に向かう故郷との乖離
第51章 ジーン・リースとドミニカ島――カリブ生まれの白人女性と追憶の中の故郷
第52章 忘却されたクレオール女性政治家――彼女が黒人男性政治家の「同志」になれなかった理由
【コラム14】「イギリス人」恩師の知られざる故郷
第53章 ナイポールとトリニダード――故郷を嫌うカリブ出身インド系ノーベル賞作家
第54章 ドミニカのブラック・ヒストリー月間――本国から戻った黒人移民の故郷への違和感と責任感
【コラム15】西インドへの永住帰国者たち
第55章 ウナ・マーソン――BBCラジオ番組「カリブの声」を始めたジャマイカ人女性
【コラム16】カリブへの声
第56章 火山の島の災害文学――モントセラトの詩人ハワード・ファーガス
【コラム17】モントセラト島をネバーランドに見立てたピーター・パン映画『ウェンディ』
Ⅷ カリブのカーニバル
第57章 カーニバルの広がり――欧州から、西アフリカから、カリブ海へ
第58章 ドミニカのカーニバル――帰省と再会のしみじみとした祝祭
第59章 モントセラトの聖パトリックの日の祝祭――島外移住者が再会する日
第60章 ノッティングヒル人種暴動とカーニバル――ここでともに生きるために
【コラム18】クラウディア・ジョーンズ
【コラム19】カーニバルの雰囲気
【コラム20】ノッティングヒル・カーニバルとポール・スミスのメッセージ
あとがき
参考文献・資料
前書きなど
はじめに
イギリス領カリブは、カリブ諸島のいくつかの島々と、中米と南米の大陸部にあるベリーズとガイアナを含む地域で、2023年現在12の独立国とイギリス領土内にとどまった6地域からなる。すべてが英連邦加盟国であり、カリコム(カリブ共同体)の構成国ともほぼ重複する。
イギリス人は、1600年前後からほぼ同時に、北米、中米、南米、カリブ諸島へ探検・植民を開始した。これらのアメリカ世界は、最初にインドと誤認されたことから、スペインからはLas Indiasと呼ばれていたが、イギリスはアジアのインドと区別するためThe West Indiesと呼んだ。複数形であるのは、単一ではなく複数の植民地から形成されていたからである。
征服の動機は、宗教や軍事的な面が強調されるが、実際には経済的な動機が最も強かったと思われる。それは探検や植民に多大な投資が行われていたことから自明である。投資したのは利益が見込めると考えられていたからであり、だからこそ利益は回収されなければならなかった。ただイギリス領となった地域からは貴金属は産出されなかったので、投資の回収は征服地の土地の分与とそれらの土地での商品作物栽培を通して行われる。
開拓と商品作物栽培のために、最初は白人貧民が年季契約労働者として、次にアフリカ人が奴隷として、19世紀の奴隷制廃止後はインド人や中国人が再び年季契約労働者として多数移入された。これら労働者が数十万、数百万人という規模でつれてこられた一方で、土地所有者および農場経営者(プランター)として移民したイギリス人は少なく、また彼らの多くが、経営が安定するとイギリスに帰国して不在地主化した。そのため、これらの地域に在住する者は、農場経営を任された現地管理人の白人や中小規模のプランターのほかは、ほとんどがアフリカ系やインド系、カラード(有色民。白人と黒人の混血はムラートとも呼ばれた)の労働者であった。19世紀の奴隷解放、20世紀の独立以後は、これらの奴隷や労働者の子孫が住民の圧倒的部分を構成する。
現在のカリブ世界は、陽気な熱帯のリゾートやカーニバル、国際的に著名なアスリートやシンガーのイメージも強いが、しかし以上に述べた厳しい歴史こそが現在のカリブを作ってきた。カリブの人々は、欧米人の経済活動のために遠方から強制的・半強制的に連行され何世代にもわたって重労働を担わされてきた人々の子孫であり、この理不尽な過去への悲しみや怒りを容易には忘れないし、むしろ記憶にとどめる努力を払っている。現代のカリブ諸国では、歴史教育や史跡の展示において、回避することなく植民地支配や奴隷制の非道さが語られ、欧米諸国に対する外交や経済交渉の場では過去への言及がしばしば戦略的に活用される。
本書は、カリブ世界の中でもイギリスが支配した地域に焦点を置いたものである。明石書店のエリア・スタディーズ・シリーズでは、すでにカリブ世界全体を扱った既刊があるので、本書は「イギリス性」に焦点を当て、イギリス領カリブだけでなく、イギリスにおけるカリブ――イギリスに在住するカリブ出身者の状況、現代イギリスが過去のカリブ支配とどう向き合っているか、カリブの文化や人々がイギリスに与えた影響――について、多くのページを割くこととした。
(…後略…)
追記
【執筆者一覧】
井野瀬久美惠(いのせ・くみえ)
甲南大学文学部教授。文学博士(京都大学)。専門はイギリス近代史・大英帝国史。
主要著作:『大英帝国はミュージックホールから』(朝日新聞社、1990年)、『黒人王、白人王に謁見す』(山川出版社、2002年)、『植民地経験のゆくえ』(人文書院、2004年)、『大英帝国という経験』(講談社、2007年;講談社学術文庫、2017年)、『「近代」とは何か』(かもがわ出版、2023年)、『イギリス文化史』(編著、昭和堂、2010年)など。
押切貴(おしきり・たか)
西インド諸島大学モナ校歴史考古学科レクチャラー。哲学博士。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院卒業。専門は、近代日本文化史。
主要著作:Gathering for Tea in Modern Japan: Class, Culture and Consumption in the Meiji Period(Bloomsbury Academics, 2018年)。
川分圭子(かわわけ・けいこ)※編著者プロフィールを参照
竹下幸男(たけした・ゆきお)
畿央大学教育学部教授。文学博士(大阪市立大学)。英語文学専攻。
主要著作:「隠蔽と告発の構図――ふたつのThe Floating Opera」(『関西アメリカ文学』38、2001年)、『都市のフィクション』(共著、清文堂、2006年)、「多文化社会イギリスにおけるMary Seacole 評価」(『コルヌコピア』26、2015年)「希望と夢の国、アメリカン・ユートピア――ブルース・スプリングスティーンとデイヴィッド・バーンの2021年」(Queries54、2021年)
中村達(なかむら・とおる)
千葉工業大学教育センター助教。博士(文学、西インド諸島大学)。専門は英語圏を中心としたカリブ海文学・思想。
主要著作:“‘Maybe Broken Is Just the Same as Being’: Brokenness and the Body in Kei Miller’s Short Stories”(in Caribbean Quarterly, 68 (3): 382-401, 2022)、“Peasant Sensibility and the Structures of Feeling of ‘My People’ in George Lamming’s In the Castle of My Skin”(in Small Axe: A Caribbean Journal of Criticism, 27 (1): 34-50, 2023)など。
堀内真由美(ほりうち・まゆみ)※編著者プロフィールを参照
山口美知代(やまぐち・みちよ)
京都府立大学文学部教授。文学博士(京都大学)、言語学修士(ケンブリッジ大学)。英語学専攻。
主要著作:『英語の改良を夢みたイギリス人たち――綴り字改革運動史1834-1975』(開拓社、2009年)、『世界の英語を映画で学ぶ』(編著、松柏社、2013年)、『WorldEnglishes入門――グローバルな英語世界への招待』(共著、昭和堂、2023年)
上記内容は本書刊行時のものです。