書店員向け情報 HELP
出版者情報
在庫ステータス
取引情報
現代ベトナムを知るための63章【第3版】
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2023年2月25日
- 書店発売日
- 2023年3月9日
- 登録日
- 2023年2月1日
- 最終更新日
- 2023年4月3日
紹介
ベトナムのいまがわかる本書が10年振りに全面改訂。第3版はコロナ禍以降の政府や市民の動き、ベトナムの多様性、社会問題に焦点を当て大幅にボリュームアップ。ベトナムと緊密な関係性を結び、人的交流が盛んな日本にとっても直視すべき問題がここにある。
目次
はじめに
Ⅰ 「ベトナム」の成り立ち:時空間の領域
第1章 「ベトナム」という名称――国号の変遷と「ベトナム(越南)」
第2章 「古代」のはじまるころ――ベトナム考古学と「インドシナ考古学調査」をめぐる考古社会史
第3章 北属南進の歴史――圧倒的な存在としての中国・フロンティアとしての中・南部
第4章 インドシナの時代――現代ベトナムが生まれたとき
第5章 ベトナム現代史――独立の達成から統一国家形成までの歩み
第6章 基層文化としてのサーフィン文化――ベトナム中部の鉄器時代
第7章 扶南と林邑(チャンパ)――ベトナム南部と中部の初期国家
第8章 在外ベトナム人――多様化するコミュニティ
第9章 ベトナム語と「クオックグー」――現代ベトナムの言語と文字の成り立ち
【コラム1】戦争の記憶
【コラム2】残された家族のその後――ベトナム残留日本兵とその家族の物語
Ⅱ 生態環境・ムラとマチ
第10章 ベトナムの生態環境――山と平野
第11章 紅河デルタ集落――過密な人口を支える輪中地帯の形成
第12章 メコンデルタの村落――生態環境がつくりだす混淆性と流動性
第13章 東南アジアにおける越僑社会の拡大――往還する人びとの生存戦略
第14章 山間盆地での暮らし――ターイ村落の「電気」以前と以降
第15章 人と海の関わり――――生態と生計という観点から
第16章 ハノイ――成長する郊外・空洞化する都心
第17章 サイゴン・ホーチミン市――移住者たちが作り上げた国際商工業都市
第18章 フエ――東洋と西洋のハイブリッド
【コラム3】ホイアンの日本町の今昔
【コラム4】エコツーリズム
Ⅲ 多層化・多元化する社会
第19章 父系親族――北中部のゾンホ・祖先祭祀
第20章 母系・双系親族――ベトナム中南部のチャムとカウ
第21章 家族関係――主に北中部のキン族の家族関係に焦点を当てて
第22章 社会移動――ローカル・ナショナル・グローバル
第23章 ジェンダー――公的領域と私的領域のあいだ
第24章 セクシュアリティとLGBTQ+――権利擁護運動で変わる政治と価値観
第25章 高齢化とケア――助けあいと自立のはざまで
第26章 福祉――生きることを支える
第27章 教育制度と学歴社会――進展する教育のドイモイ
【コラム5】ベトナムと台湾の国際結婚
【コラム6】日本における継承語教育
Ⅳ 多民族・多宗教の実相
第28章 ベトナムの多民族性――環境・社会・国家のなかの民族
第29章 山地世界の生存戦略――西北地方の過去と現在
第30章 中部高原――少数民族の生活の変化と儀礼・祭礼
第31章 華人――国境をこえて活動する人々
第32章 ベトナムの伝統宗教・信仰を覆う道教――現実主義のベトナム人
第33章 高齢者の道としての仏教――ホーチミン市の女性仏教徒
第34章 キリスト教徒の医療慈善事業――ハンセン病患者に対する隔離と慈善
第35章 新宗教――カオダイ・ホアハオ
第36章 民間信仰――ベトナムの聖母道
【コラム7】トルン――ベトナムの大地と知恵が育んだ美しい竹琴
【コラム8】神戸のカトリックコミュニティ
Ⅴ 文化・スポーツ、芸術・世界遺産
第37章 音楽――西洋から伝来した芸術音楽の展開
第38章 文化遺産――有形/自然/無形、観光
第39章 ベトナム美術の1世紀――インドシナ美術学校の卒業生たち
第40章 文学――読み継がれる古典作品、過去の再評価と新しい文学
第41章 ベトナム映画――ポスト戦争映画、脱・画一化の時代へ
第42章 食文化と健康――各地の庶民の食、精進料理、年中行事食など
第43章 ファッション――アオザイ
第44章 演劇・芸能――ベトナム伝統演劇のいま
第45章 ベトナムの格闘技事情――国際化と健康志向で盛り上がる現在
【コラム9】ゴング
【コラム10】広がりゆく絵本の世界
Ⅵ 市民社会と政治
第46章 ドイモイ憲法とベトナム共産党――揺らぐ一党支配の正当性
第47章 選挙と有権者――国会・地方議会
第48章 法治国家と言論の自由――抑制される市民運動
第49章 市民社会と情報統制――標的はソーシャルメディア
第50章 対外関係――重視される多国間外交
第51章 ポピュリズムと大衆動員――民主主義国家との共通項
第52章 「社」と呼ばれる行政村――多様性から均質化へ向かう村
第53章 環境問題――深刻化する問題と変革の行方
第54章 汚職防止・汚職撲滅政策――温存される権力構造
第55章 国際犯罪ネットワーク――経済成長する国の抱える闇
【コラム11】Junの物語――「祖国のない子どもたち」のその後
【コラム12】コロナ禍で世界の貧困を救うコメATM
Ⅶ 経済発展、日本・中国・ASEANとの関係
第56章 「工業化」の現在と中所得の罠――製造業を事例に
第57章 ベトナムの工業化とその担い手――国有企業から民間企業・外資系企業へ
第58章 中国・ASEANとの貿易関係――一帯一路と大メコン圏経済回廊
第59章 中越関係の現在――永遠の三線軌条
第60章 草の根の農業開発――食の安全と村おこし
第61章 海外就労――EPA看護師・介護福祉士、技能実習生
第62章 留学生30万人計画の理想と現実――「偽装留学生」という責任回避
第63章 ロンビエン卸売市場――出稼ぎ労働者が市場で築く都市インフォーマル経済と信頼ネットワーク
【コラム13】ベトナム人の副業
【コラム14】ベトナムにおける日本語教育
年表
現代ベトナムを知るための63章【第3版】参考文献
前書きなど
はじめに
「エリア・スタディーズ」のベトナム版として『現代ベトナムを知るための60章』の初版が出版されたのは2004年で、第2版は2012年に出版された。そして今回、約10年を経て第3版を出版する運びとなった。この間、ベトナムは中進国の仲間入りを果たし、ホーチミン市には日本のODAによる地下鉄が開通する予定である。日本との外交・経済協力関係も緊密化し、これまで以上に重要なパートナーシップを構築している。
一方で、他のアジア諸国と同様、ベトナムも少子高齢化の時代に入り、日本ほどではないにせよ、「老いゆくアジア」の一角を占め、政府は社会保障制度の整備を急いでいる。ベトナムは2036年には65歳以上が全人口の14%を占める高齢社会となり、2050年までにその比率が21%を超える超高齢社会になると予測されており、高齢者に対する社会的支援の拡充が社会保障に関する最重要課題とされている。
グローバル化により、国際的な人の移動が加速され、日本とベトナムの人的交流もより促進されている。在留ベトナム人の人数は43万人(2022年)を超え、中国に次ぎ第2位を占めている。日本のコンビニ業界は外国人の人手がなければ立ちゆかないが、中でもベトナム人留学生は主力を担っている。また、近郊の住宅街には主に地域で暮らす技能実習生向けにベトナム食材を売る小さな店が増えている。
以上のように、日本とベトナムの外交関係は良好で、多くの日本人がベトナムを訪れたり、多くのベトナム人が来日したりしているが、果たして日本人のベトナムに対する理解はどれほど進んだであろうか。本書を、私たちの暮らしに身近となった「隣のベトナム人」のバックグラウンドを理解し、より仲良くなるために役立てていただければ幸甚である。
新たなディシプリンとしてベトナム地域研究を提唱し、追求した故桜井由躬雄・東京大学名誉教授は、1993年から紅河デルタのある農村で学際的共同調査を開始し、当時博士課程の大学院生であった私も参加した。同プロジェクトは若手ベトナム研究者が学際的地域研究を追求する磁場となり、ベトナム地域研究のレガシーを確立する試みであったことは確かである。同氏による『歴史地域学の試みバックコック』(2006年)は、それまでの10年以上に及ぶ地域研究の一里塚である。
私は2022年8月に、6年ぶりにバックコック村を再訪した。コロナ禍のため、旧知であっても外国人の私に村の人たちがどのような反応をするのか多少心配な面もあったが、それはまったくの杞憂に終わった。村の幹部クイさんによれば、パンデミックの最中、ほとんどの人が新型コロナウイルスに感染し、地元の医療保健センターと同機関が借り上げた学校の校舎などで、彼を含め多くの村人が隔離生活を送ったという。ある集落は丸ごとロックダウン状態となり、完全隔離を余儀なくされた。その間、必要な物資情報を世帯ごとに集約し、定期的に集落に届けたという。穏やかに話すクイさんではあったが、当時は極めて危機的で緊迫した状況だったことが伝わってきた。ただ、ワクチン接種のおかげで、幸いなことに重症化して死亡した村人はいなかったという。
目に見えない「敵」との戦いに大きなダメージを負いながらも、その非常事態の中で日常生活を送る村の人びとのたくましさを感じた。そして、今回改めて実感したのが、ベトナム人の家族関係の緊密さである。日常的な家族関係が緊密であるがゆえに、新型コロナウイルスは瞬く間に感染拡大し、ベトナムのオンライン新聞VNエクスプレスによると2022年3月には一日の新規感染者が50万人近いピークを迎えた。しかし、立ち直るのも早い。互いに関心をもち助け合い、遠慮せずに依存できる関係は、レジリエンスが高いといえよう。レジリエンスとは、復元力とか、回復力などと訳されることが多いが、このような困難な時期に人びとの不安や恐怖を軽減する穏やかな光のようなものである。パンデミックは痛みや苦しみだけでなく、同時に人びとの助け合う力や利他性も引き出した。
国連機関である持続可能開発ソリューションネットワークが世界幸福度調査(World HappinessReport)の結果に基づき、毎年世界ランキングを発表している。2022年のランキングで、日本は先進国で最低の54位、ベトナムは77位であった。その内訳として、日本は1人当たり国内総生産(GDP)や健康寿命が高いものの、他者への寛容さが極端に低い。寛容性は「正当な目的のために寄付する」「見知らぬ人を助ける」「ボランティアに参加する」などの項目で計られる。両者の大きな違いは、主に「主観的な幸福度」、すなわち自己肯定感や充足感、生き甲斐などに表れている。ベトナム人は、経済的豊かさや公的な社会支援の充実度が低くても、精神的な充足感が高い。逆に日本人は経済的豊かさや社会的支援の充実度が高くても充足感が低いのである。このことは、リスクへの対処に大きく顕著に表れる。すなわち、ベトナムは困難な状況下で公的サポートの不足を、私的サポート(この場合は、地縁・血縁関係やネットワーク)で補ったと解釈できるのではないだろうか。そうした環境がコロナ禍において極めて重要な役割を果たしたのであろう。
(…中略…)
本書のもう1つの特徴は、ドイモイとともに研究を本格的に展開されたポスト・ベトナム戦争世代のベテラン研究者の方々だけでなく、新世紀以降に研究を開始した若手研究者の方々やジャーナリスト、翻訳家、NPOの実践者など様々な分野で活躍されている方々にも執筆していただいた点である。さらに、執筆者のジェンダーバランスにも配慮した。また、日本留学経験をもち、キャリアを積み上げてきた「ベトナムを外から眺める」ことができたベトナム人研究者を執筆陣に多く加えたことは、より複眼的な視点を本書に加味し、新たなベトナムの魅力を発信することにつながったと考えている。
本書は7部構成になっている。Ⅰはベトナムという国の枠組みが歴史的・空間的・人間集団的・文化的にどのようにつくられてきているのかを検討している。Ⅱでは現代ベトナム人が暮らす地理的・生態的環境、Ⅲではドイモイ以降に生じた急激な社会・生活の変容について扱っている。Ⅳでは多民族・多宗教の実相について取り上げている。Ⅴは文化・スポーツ、芸術・世界遺産について取り上げている。Ⅵでは「法治国家化」や「民主化」など、ドイモイ下における社会主義体制の政治的変化を追っている。最後に、Ⅶでは国際統合圧力がかかる状況下の外交関係・社会主義市場経済の現状とその課題が取り上げられている。旧版と異なり、本書は民族・宗教を独立した部門に据え、文化面をより充実させたため、7部構成となっている。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。