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ヘレン・ケラーの日記
サリヴァン先生との死別から初来日まで
原書: Helen Keller's Journal, 1936-1937
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2022年3月31日
- 書店発売日
- 2022年3月17日
- 登録日
- 2022年2月2日
- 最終更新日
- 2022年4月5日
紹介
サリヴァン先生の死後、ヘレン・ケラーはそのショックからどのよう立ち直ったか。日々、世界中から届く手紙にどう対応していたか。レーニンに対する共感やナチス・ドイツとの確執、日本の軍部批判など、日々の暮らしと思想の源泉を知ることができる日記の初翻訳。
目次
まえがき(イギリス版)[オーガスタス・ミュア]
まえがき(アメリカ版)[ネラ・ブラディー]
第1章 1936年11月
第2章 1936年12月
第3章 1937年1月
第4章 1937年2月
第5章 1937年3月
第6章 1937年4月
訳者あとがき
資料『ヘレン・ケラーの日記』書評[キャサリン・ウッズ]
ヘレン・ケラー略伝[山崎邦夫]
前書きなど
まえがき (イギリス版)
ヘレン・ケラーのことを聞いたことがない人も多いだろう。この現代の改革者と個人的に接した人はその経験を忘れることはないし、彼女が友情を結んでくれた私たちはそれをユニークな贈り物として大切にしている。ある個性が私たちに与える魅力を言葉でどのように伝えられるだろうか。ある人びとをその仲間たちから浮かびあがらせて、人びとの心に花開くものをどう描けるだろうか。この魅力的な本質を身につけたまれな人物の一人がヘレン・ケラーで、彼女は10代になる前に物語の登場人物になっていた。
病がみどり児の彼女から視覚と聴覚を奪った。専門家たちは希望を与えることができなかった。それからの人生を彼女は沈黙と暗黒のなかで送ることが明らかだった。この子はほんのわずかな未発達の要求を身につけ、人の声が聞こえず、言葉の存在さえも知らず、自分の要求を言葉で表すすべももてなかった。周囲の者は彼女を小さな野蛮人だといった。彼女は片意地で乱暴になり、牢獄に閉じこめられた反逆児だった。
牢獄の扉をつぎつぎに開けたのはアン・サリヴァンであった。アンも少女時代には目が悪かったが、その後回復してヘレン・ケラーの教育に身を捧げることになった。「私が解決しなければならない最大の問題はこの子の魂を壊さずに統御し、鍛えることです」とあるとき彼女は語った。私はたびたび、アンが長い奇跡の連なりをどのように推し進めたかを不思議に思う。身の回りのものの名前を7歳の子どもの手に何百回も手話文字でたたき込むのをどのように根気強く続けたのか。つづいて、それらの言葉は普通の人たちの口から音として発せられることをどうやって伝えたのか。そして――人の声も聞かないのに――少女にそれらの響きを教え、それらを文に組み立てるのを。しかしこれらの魔術的な行為は行われた。14年後、ヘレン・ケラーはハーヴァード大学卒業の栄誉を勝ちとったのだ。アン・サリヴァンはヘレンの傍らに座り、聞きとった講義をヘレンに手話で伝えた。きれいにタイプしたヘレンの答案がハーヴァード博物館に保存されている。ヘレンはフランス語・ドイツ語、さらにはギリシア語・ラテン語を学び、ホラース(ホラチウス。ローマの詩人・紀元前65~8)のオード(頌)を翻訳した。彼女は今日も歴史・経済学・哲学・文学を学びつづける。彼女は音楽を鑑賞するが、それは彼女特有のやり方で、音楽がもたらす振動を楽しむ。水泳がうまく、乗馬もする。飛行機の旅が好きだ。劇場や映画にも出かけ、お供のポリー・トムソンが舞台やスクリーンで演じられる物語を手話で毎分平均65語で伝える。彼女は動物に強い親愛感をもっていて、犬はすぐ彼女が目が見えないことを知るという。彼女の記憶力は驚くほどである。彼女は沈黙と暗黒のなかで暮らしているが、心の平静を勝ちえている。彼女は自分の考えに秩序を与え、その脳髄は、名人が操る壮大な機械だと私はいいたい。マーク・トウェインの見るところでは、19世紀で最も興味深い人物はナポレオンとヘレン・ケラーだという。今日、彼女の能力は最も充実した時期にあり、アン・サリヴァンの業績の生きた記念碑である。
1936年、アン・サリヴァンは世を去った。この偉大な先生の目を通して世界を見てきた者にとって、この告別がどんな意味をもつか認識できるのはヘレン・ケラー自身をおいて他にはない。ヘレンとアンは半世紀にわたって伴侶でありつづけ、先生はヘレンのたたずまいに欠かすことのできない存在であった。苦境にある人びとと同様、私たちにとって、生きることにどんな意味があろう。今ヘレンの最も近い伴侶トムソンが1936年秋の日々を通じてヘレンと勇気について少しばかり語ることができた。二人は住まいを後にすると、まずイングランドへ渡った。日記が書きはじめられた。彼女は思いのすべてをこれらのページに注いだ。自分の思索と情感とを思うさま述べる。7歳のとき新たな誕生を成しとげさせてくれた女性を失った彼女が、新たな人生の諸課題といかに取り組んだかを私たちは後づけることができる。この日記は揺らぐことのない勇気の記録であり、彼女が日々、灰色のフルスカップの用紙に自らタイプしてできあがった。彼女の親しい友人諸氏も、そして書物や講演を通してしかヘレン・ケラーを知らない多くの人びともこの輝かしい魂との新たな親しい接触の機会を得て、楽しむことであろう。
上記内容は本書刊行時のものです。