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クセになる禅問答 山田 史生(著/文) - ダイヤモンド社
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クセになる禅問答 (クセニナルゼンモンドウ) 考えることが楽しくなる珠玉の対話38 (カンガエルコトガタノシクナルシュギョクノタイワサンジュウハチ)

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四六判
縦188mm 横130mm
288ページ
定価 1,500円+税
ISBN
978-4-478-11724-8   COPY
ISBN 13
9784478117248   COPY
ISBN 10h
4-478-11724-1   COPY
ISBN 10
4478117241   COPY
出版者記号
478   COPY
Cコード
C0015  
0:一般 0:単行本 15:仏教
出版社在庫情報
不明
初版年月日
2023年3月7日
書店発売日
登録日
2023年1月7日
最終更新日
2023年2月15日
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紹介

禅問答(公案)とは、禅の修行で、弟子の固定観念を打破し、悟りへと導くための手段として用いられる、禅者の言動や問答などのことです。際立った思考を求めるものばかりで、常識では理解困難だったり解決不可能だったりします。



ただ、禅問答は「非常識的」ではあるものの、「非論理的」ではないのがおもしろいところです。もし全くもってナンセンスな内容であれば、禅僧であろうとも、取りつくシマがなく、テキストにはなりえなくなってしまうからです。



この「ちぐはぐで分かりにくい問答」を、あえて「考える」ためのエクササイズとして読み解くのが本書です。禅問答にわかりやすい答えはありませんが、だからこそ「わからない」を楽しめるようになっていきます。答えという結果ばかりを求めると、どうしても不安におちいります。そして結果を出すプロセスを省略したくなり、様々なものを味わい、おもしろがることができなくなってしまうのです。

紹介している問答は、やっていることも考えていることも意味不明。それでも解説を読みながら何とか理解するヒントを探していると、どんどんおもしろくなってきます。わかりそうで納得できないところも、これまた絶妙におもしろい。 これを繰り返しながら、わからない不安がおもしろさに変わっていく本です。



本書であつかうのは、「語録の王」と称される『臨済録』におさめられた禅問答。『臨済録』は、唐の時代の中国で活躍した禅僧、臨済義玄(?~866)の語録です。語録とは、禅僧のおこなった説法や問答などをあつめたもので、その名を冠した語録が編まれるのは、その禅僧がたいへんな大物だという証なのです。

じっさい臨済は、中国禅宗史にあって屈指のビッグ・ネームで、彼こそは Mr.禅ともいうべき禅者です。

臨済の修行や教え方は、私たちが想像するただひたすらに坐禅をしているお坊さんとはまるで異なります。つねに主体的に動き、考えていたのです。



禅問答の難しさの理由の一つに、非常にハイコンテクストだということが挙げられます。それぞれの問答をじっくり味わえるよう、背景が理解できるイラストを各問答に入れています。また、優しい語り口と丁寧な解説で、当時の僧たちが何を考え、行動し、どう生きたのかひもときます。

目次

第一章 考えはじめたらとまらない問答

この本であつかうのは、「語録の王」と称される『臨済録』におさめられた禅問答で

す。『臨済録』は、臨済義玄(?~866)の語録です。語録とは、禅僧のおこなった説法や問答などをあつめたもので、その名を冠した語録が編まれるのは、その禅僧がたいへんな大物だという証なのです。

じっさい臨済は、中国禅宗史にあって屈指のビッグ・ネームで、彼こそは Mr.禅ともいうべき禅者です。ここでは臨済が黄檗のもとで悟りをひらくにいたる逸話から読んでゆきます。

荒唐無稽な答えの奥に隠された論理性や禅の教えにうなり、つい「もう一問」と考えてみたくなる、そんな問答を集めました。



三度問い、三度打たれる/そのままズバリであったのだ/トラのひげをひっぱる/松を植える/頭でっかちの老いぼれ



第二章 考える「からだ」になる問答

ひとは「考える」ことによって価値をクリエートする生きものである。

考えるとは、未来の自分と語ることだ。未来の自分と語らないかぎり、現在の自分のありかたは豊かにならない。

「さあ、考えるぞ」とテンションをあげる必要はない。考えることは「からだ」がひっぱってくれる。いちいち決意しなくたって、ご馳走につい手がでるように、からだが勝手に考えてくれる。考える気になってから考えようというのでは、いつまでたっても考えられない。考える気になるように、まず考えはじめることが大事だ。そのためにも、なにはともあれ「からだ」を目覚めさせよう。



カチカチのウンコ/おいおい手ぶらでどうした/大声でどなりつける/どちらが主で、どちらが客か/抜き差しならないこと



第三章 思いがけない答えが見つかる問答

禅問答は「からだ」で考えるべきものだ。ふつうに読んでいても埒はあかない。どうしても妄想をたくましゅうすることになる。

妄想とは「みだりなおもい。正しくない想念」(『広辞苑』第七版)。しょせん「みだりな」「正しくない」ものだから、禅問答をきちんと理解しようとするならば、妄想をたくましゅうすることは百害あって一利なしだ。

しかしながら「からだ」で考える練習をするのであれば、むしろ妄想してナンボである。

この世界には、「考えるまでもなく、わかりきっていること」と「いくら考えても、よくわからないこと」と、このふたつがある。

禅問答が、もし後者なら、それをわかったとおもうのは、もとより幻想にすぎない。それでもかまわない。「わからない」から逃げず、「わからない」ことに全身でひたりきろう。



丸木の柱は凡か聖か/で、そなたはどうなんだ/両手をひろげる/まだ教えを乞うておらん/ちょうど足を洗っておるところだ



第四章 考えるのがおもしろくなってくる問答



頭はあってもシッポがない/どうぞお大事に/お膳をガッシャン/ワル!ワル!/ロバの鳴きマネ/鈴の音とともに消え去る

著者プロフィール

山田 史生  (ヤマダ フミオ)  (著/文

山田史生(やまだ・ふみお)

弘前大学教育学部教授

1959年、福井県生まれ。東北大学文学部卒業。同大学大学院修了。博士(文学)。専門は中国古典の思想、哲学。趣味は囲碁。特技は尺八。妻がひとり。娘がひとり。

著書に『日曜日に読む「荘子」』『下から目線で読む「孫子」』(以上、ちくま新書)『受験生のための一夜漬け漢文教室』(以上、ちくまプリマー新書)『門無き門より入れ 精読「無門関」』(大蔵出版)『中国古典「名言 200」』三笠書房)『脱世間のすすめ 漢文に学ぶもう少し楽に生きるヒント』(祥伝社)『もしも老子に出会ったら』『絶望しそうになったら道元を読め!』『はじめての「禅問答」』(以上、光文社新書)『全訳論語』『禅問答100撰』(以上、東京堂出版)『ホウ居士の語録 さあこい、禅問答』(東方書店)など。

上記内容は本書刊行時のものです。