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シネマとパリの終着駅
- 初版年月日
- 2021年4月25日
- 書店発売日
- 2021年4月21日
- 登録日
- 2021年3月11日
- 最終更新日
- 2021年10月15日
紹介
外国映画の中でも、パリが舞台のフランス映画では必ずと言ってよいほど駅が登場する。駅は、集散する人々の希望と失意、喜びと悲しみ、出会いと別れを演出し、人々の人生の記憶装置となる。そんな駅と映画の関係を9本のエッセイで映し出す。
目次
はじめに
Ⅰ.城壁都市と終着駅
カタツムリ構造/中心部と周縁部の対立/映画都市パリ/駅改良と周辺整備
コラム1:〝終着駅〟と〝Terminal〟
Ⅱ.サン・ラザール駅
階段効果/駅の大規模商業施設/小さな時計台/ヨーロッパ橋/
駅のポエジー
コラム2:パリの映画館
Ⅲ.オーステルリッツ駅
駅の幕間/民芸品の趣/幕間を生み出す展開と演出
Ⅳ.モンパルナス駅
歴史と伝統を失った駅/駅と街の調和の回復/2代目モンパルナス駅舎/
駅の列車事故
Ⅴ.北駅
神々しさに満ちた駅舎/溢れる映画的魅力/舞台の駅とロケ地の駅/
パリ五輪に向けて
Ⅵ.東駅
薔薇窓の表情と都市の概念/多様な駅の登場場面/ドラマの喚起装置
コラム3:パリのパサージュ
Ⅶ.パリ・リヨン駅
祝祭構造の両面性/時計塔の象徴性/内玄関の構え
コラム4:パリの運河
Ⅷ.旧オルセー駅
数奇な運命/廃墟の記憶/駅の復元映像と駅のホテル
コラム5:パリの廃線鉄道
Ⅸ.終着駅ところどころ
ベルシー駅/旧バスティーユ駅/ダンーフェル・ロシュロー駅/
旧アンヴァリッド駅/メトロの終端駅
あとがき
索引
前書きなど
はじめに
私は長年、JRに籍を置き、主に札幌駅とその周辺開発、そして開発後の施設運営の仕事に携わってきた。その間、公共施設としての駅のあるべき姿、駅と街、駅と市民の関係のあり方を、追い求めていた。
公共である駅の空間は、品位や風格といった一定の質と絶対的なモラルに支えられていなければならないと、常々、心掛けていた。しかし、企業としての駅の開発・運営であることから、収益性に拘り、ややもすると、それを忘れがちになる。しかし、それを戒め、駅本来の姿を、改めて教えてくれたのが、趣味の映画だった。
駅は市民生活の断面を映し出し、世相を色濃く反映する場所であり、実に多様な人々が往来している。それだけに、駅は映画の舞台にもよく使われ、登場する駅のあり様が、効果的な様々な手法で演出されるため、説得力があり、印象深いものになる。そこには駅を舞台に登場する人々の、駅への強い想いが刻まれている。それらが、駅と市民の関係を考える機会を私に与えてくれた。
少しでもそれに関する示唆を得たいとの思いから、駅が舞台となる映画(以後、駅映画という)を邦画、外国映画を問わず、繰り返し観ることが多くなった。そして登場する人々が刻んだ駅への想いが、観客の胸に伝わるその度合いは、監督の演出によるところが顕著だが、歴史の光と影に晒された駅とその街の個性によるものも大きいことを知らされた。
これまで私が観た駅映画の中で、人々の駅への想いを特に強く感じたのが、『駅 STATION』(81・降旗康男)だった。映画は駅で始まり、駅で終わるが、増毛駅を中心に銭函駅、上砂川駅など北海道の駅が舞台となる。真摯で実直な札幌に住む警察官、三上英次(高倉健)が主人公。三上が逮捕した死刑囚吉松五郎(根津甚八)が三上に宛てた辞世の歌、「暗闇の彼方に光る一点を、今、駅舎の灯と信じつつ行く」には、人々の持つ〝駅への信頼〟が色濃く滲み、強く心を打たれた。嘗ては鰊漁で栄えた増毛の街と、その最盛期には人と物の輸送拠点として賑わったが、今では一面一線の、寂しい増毛駅が映し出される。時代の記憶が刻まれた駅と街の表情が心に沁みる映画だった。
外国映画の中で、駅映画が多いのは、映画誕生の地であり、映画都市とも言われるパリが舞台のフランス映画であるように思う。パリにあるフランス国鉄(SNCF)の主要な六つの駅は、いずれも頭端式終端駅(終着駅)で、前述の増毛駅と同様である。駅には集散する人々の希望と失意、喜びと悲しみ、出会いと別れ等が交錯し、駅は人々の人生の記憶装置でもあるが、パリの終着駅には、更に遠い旅先の風土や香りも漂い、街の広場のような風情がある。こんなパリの終着駅は、主人公の人生を描く映画の舞台として実に相応しい。
そんな思いから、交通新聞に一年間十二回の連載をさせて頂いたエッセイ「シネマとパリの終着駅」を加筆・修正したものと、映画の背景を更に詳しく伝えたいと考えた末、新たに加えた五本のコラムから、本著は構成されている。
駅と街の視点から、パリの終着駅の映画的な魅力の、その本質を語るには、私の力不足は否めないが、本著が、映画の中の登場人物と駅のあり様を通して、映画と駅の深い関係を楽しんで頂く、その一助になれば、望外の喜びである。
あとがき
私は、フランス人と結婚した義姉とその家族が、長年、パリに住んでいることもあり、海外の都市の中では、パリの訪問回数が最も多い。特にJRを退職し、比較的、時間の自由度が増した七年前からは、家内共々、毎年一~二回は訪れていた。しかし、二〇一九年十一月の訪問以降、コロナ禍のため、それが実行出来ていない。
本著「シネマとパリの終着駅」も、パリの街に関する情報はこれまでのパリ訪問時の体験に基づくものが大半である。〝まえがき〟で触れた、出版に当たり加筆した五本のコラムの中、コラム2~5も、主にその体験に基づくものだが、「コラム4:パリの運河」には、少々、心残りの面がある。サン=マルタン運河については、運河沿いにある映画『北ホテル』の舞台、〝北ホテル〟を訪れ、パリの下町の風情を味わい、太鼓橋を渡り、閘門を通過する船の様子等も楽しんだ。しかし、運河の観光船には乗っていないのだ。
運河の船上から観る地下、地上の光景は、映画『パリは霧にぬれて』の映像で初めて知った。数年前の訪問時、それを自分の目で確かめようと、アルスナル港から観光船に乗るため、乗船場に行ったが、偶々、その日は団体客と重なり、満員で乗れなかった。仕方なく、義姉が薦めるメトロ一号線のバスティーユ駅ホームから眺めるアルスナル港の景色を楽しむことにした。駅に入ると、そこはまさに、運河の上にある駅で、ホームの窓から見える停泊したヨットやボートの列が水面に映えて実に美しい。その素晴らしさに時を忘れ、暫しホームに立ち尽くした。予期せぬ発見に、その日は一日、充実感に浸っていた。映画『パリは霧にぬれて』のお陰で、運河上の駅の魅力を知ることになった。
全く唐突だが、二〇三〇年度末開業予定の北海道新幹線札幌駅は、計画では川の上の駅になる。長さ二百mを超える二面二線の相対式ホームが創成川を跨ぐ、川の上の駅、川のある駅である。創成川はサン=マルタン運河と同様に、人口河川である。パリ・メトロのバスティーユ駅に学び、創成川の水辺空間を整備し、それを活かした素晴らしい新幹線札幌駅を実現して欲しい。パリの運河上の駅に立ち、改めて、そう確信し、そう願った。
ここで、本著の出版に当たり、お世話になった多くの方々に御礼を申し上げたい。
交通新聞の連載を終えたのが二〇二〇年一月。丁度、コロナの感染が日本でも広がり始めた頃で、旅行等の外出を控え、自宅に籠ることが多くなった。連載期間が短く、字数も少ないため、端から書籍化は諦め、書棚のファイルに挟んでいた連載記事の切り抜きを、ある時、暇に任せて眺めていると、突然、書籍化への興味が湧いた。若干の加筆と写真の活用で書籍化出来ないか、以前の出版でもお世話になった㈱柏艪舎の山本哲平さんに相談したところ、それが実現した。今回も又、山本さんには、親身なご指導を賜るとともに、出版に至る様々な課題解決に取り組んで頂き、心から感謝したい。
又、連載期間中、有意義な多くの助言を頂いた㈱交通新聞社の久保田幸代さんと、出版に当たり、心強い励ましを頂いた㈱丸ヨ池内の池内和正社長、㈱双葉工業社の阿部司社長にも心から謝意を表したい。
最後に、パリ訪問時の取材に当たり、駅は勿論、城壁跡、映画館、パサージュ、運河、廃線鉄道跡等の現場視察にも快く同行し、通訳やガイド役を務めるなど、多岐に亘ってお世話になった義姉ミチコ・レヴィ(Michiko Levy)に心から御礼を言いたい。
二〇二一年二月
臼井幸彦
上記内容は本書刊行時のものです。