物への想像力
こんにちは。現代企画室の小倉と申します。
小社は常勤スタッフ2名でまわしている文字通りの「小社」ですが、先輩たちや関連会社の強力なネットワークに支えられ、海外文学や人文社会書、芸術書を中心に年間10から15点ほどの書籍を刊行している出版社です。今年に入ってからはこれまで、美術作品集3点(『生命の記憶』『すべてのもののつながり』『アール・ブリュット・ジャポネ』)、スペイン語圏の文学3点(『屍集めのフンタ』『仔羊の頭』『愛のパレード』)などを刊行しました。
今後に向けても、アジアや中南米の文学から国際情勢(韓国、カシミール)、社会と文化(サッカー、ヴィデオアート)、絵本・児童書まで、多彩なジャンルの企画を進めていますが、なかでも大きな取り組みとしては、今年3月に急逝された美術評論家、中原佑介さんの美術批評選集の刊行を、BankART1929との共同企画でスタートします。
中原佑介さんは1931年生まれ、湯川秀樹門下の物理学徒であった24歳のときに美術批評界にデビューした、異色の経歴をもつ評論家です。あらゆる価値が転倒してしまった戦後の焼け野原を原風景にもつ中原さんは、人と物の関係を見つめ、その関係を変化させる役割を美術に求めつづけました。とくに1950年代、未だ戦争のもたらした混乱が色濃い時代に、輸入された様式や観念から脱して物そのものに真摯に向き合うことを芸術家に求める評論を読むと、まさに今の時代のために書かれたもののように感じます。
このたびの震災、とくに原発災害の報道を前に私が痛感したのは、放射能という物への想像力がまったく欠如していることでした。情報や観念の分厚い層に阻まれて物そのものにちゃんと向き合っていないことが、この社会の大きな病根のひとつではないでしょうか。とくに目に見えない放射能への想像力を鍛えるには、言葉や芸術が果たすべき役割は決定的に大きかったはずです。言葉の業界に身を置く端くれとして、もっとも大切なことをサボっていたのではないかと悔やみました。
災害を乗りこえて新たな社会を築くためにも、人と物、水や空気や土との新たな関係を紡ぐための言葉や芸術が求められるはずです。経済が元通りに復興することなどあまり期待しない方がよさそうですし、これからは文化が子供たちに夢を与える番だと、みずからを奮い立たせていきたいと思います。
なんだか話が大げさになってしまいました。小社にできることなど所詮ささやかなことですが、これからもさまざまな芸術表現や地域づくり、まちづくりなどの人と物が関係を結び、価値を生み出していく現場にできるだけ寄り添いながら、粛々と本づくりに勤しんでいきたいと考えています。
今後の私たちの出版活動に、少しでもご注目いただければ幸いです。