残暑お見舞い申し上げます。
「酷暑」「豪雨」「販売不振」の夏ですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。日頃は心の奥底にオモリをつけて沈めていたことどもが、暑さに灼かれて煮立ち、沸騰してしまったようです。沸騰すればこぼれるのが自然の理。暑いときには熱いものが良いとも言います。暑気払いにはならないかもしれませんが、ご一読いただければ幸いです。
(1) 日本語
日本語では、組織に「様」「さん」はつけない。出版社様(版元様)、書店様、取次様が飛び交う奇っ怪な業界だが、読者様とはなぜか言わない。この世界に入ってしばらくして、初めて「取次様」という言葉を聞いたときの衝撃は、今でも忘れない。とにかくたまげた。やめよーぜ、こういういいかげんな日本語を使うのは——って言いたいけど、ま、みんなおかしいってことに気付いてないようだから、今さら何を言っても屁の突っ張りにもならないだろう(もっとも、最近テレビで「UFJさん」て言ってるどこぞの大銀行の社長もいたナ)。
(2) 本の定価
どうやら3年以内に消費税が上がることはまちがいない。その一方、スーパーなど小売店での価格表示は、すでに消費税込みの総額表示になっている(大蔵省の役人の高笑いが聞こえてきそうだ)。しかし書籍の価格表示は外税表記が、論理的かつ実用的だ。ここのところを読者のみなさんにはぜひ、理解していただきたい。
本の価格は私たち出版社が決めて書店での販売価格を拘束している。この価格を「定価」で表記する。定価は本のカバーに刷りこんであるので、簡単には変えられない。しかし「定価2000円+税」という表記なら、消費税の変更には影響されない。また、消費税は言うまでもなく出版社が拘束できるものではないから、定価に含めるべきでない。財務省がなんと言おうと、これ以外に合理的かつ合法的な表記はない。
むろん、こうした例外規定に守られている私たち出版社は、小売価格をできるだけ安く設定し、安易な値引きはしないという、倫理的・道徳的な義務を負っている。肝に銘じたい。
とはいえ、一定の条件内で値引きをすることは、法的にはなんら問題ない。食えなけりゃどうしようもないじゃないか、食うためには道徳なんてくそ食らえだ ——って言うのも、ま、それなりの考え方ではある。でも、安いから買うってもんじゃないと思うけどなぁ、本の場合は。
(3) 常備と返品
岩波書店が考え出した方法が、現在の出版界の規則になっていることがずいぶんある。そのうちの一つが「常備」だ。出版社が書店と契約を結んで書籍を書店に預ける。書店は原則として、1年後にその全数を出版社に戻す。書店は本を預かっているだけだから預かり分の代金を支払う必要はない(書店に並んでいる本は出版社の出先在庫であり出版社に所有権がある)。ただし、売れた本は必ず注文で補充する。釈迦に説法かもしれないが、このシステムは信義を守らなければ成立しない。書店は売れた本だけ金を払えばよく、出版社はとりあえず自社の本を書店店頭に並べることができる。互いにメリットがあるはずだ、ルールどおりなら。
ところが書店によっては、意図的か不注意かは分からないが、常備書籍を注文返品で返すところがある。あろうことか、「常備って返品できないんですか?」という電話を受けたこともある。ルールどおりに返品をするなら文句はない。注文返品とは、出版社が書店から自分の書籍を定価で「買い戻す」ことだ。常備品を注文返品で返す(出版社に買い取らせる)って——万引きとどこが違うの?
去年、常備を出荷するときちょっと細工をしておいた。1年常備で出荷した本がその年の常備返品にどのくらい混入するものか調べてみた。取次上位三社のうち二社の返品を全数チェックした。結果は、16%と19%。つまり、その年の常備出荷のうちの五分の一近くは「即返品」になっていた。
信義だとか道徳だとか倫理だとかは、「イット」や「神の国」発言で有名な早大ラグビー部出身の元首相が口にしそうな言葉だが、他人に強いるのは問題外だが自分の問題としては真剣に考えてみる必要がありそうだ。