編集者か、役者か
六十を過ぎてから役者の真似ごとを始めて、何度か小さな舞台に立つこともあったが、今年の春、新宿梁山泊のテント公演に出ることになってしまった。
稽古の始まりから花園神社二週間の本番を終えるまで三カ月近く、そのことで心身ともに忙殺された。本づくりどころではなかった。観劇に来てくれた友人知人たちが口々に「もうすっかり役者だね」と言ってくれて、それを素直に受け取った。四十年以上、ただ編集者としてやって来た(笑)。たまたま誘われて始めた芝居だが、今期一年を決算すると、本の生産よりも芝居をしている時間のほうが長い。いまや私は編集者でなく、役者なのかもしれない。
初心者だからかもしれないが、芝居の稽古が始まると台本ばかり懸命に読む。のべつ上演作品のことを考えるようになって、ほかの本に手が出なくなってしまう。以前、チェーホフの『かもめ』に参加したときは、毎日チェーホフばかり読んでいた。同じ作品でも五、六種類の翻訳を同時に読んで、セリフの言い回しの違う訳を味わいながら深いところまで降りて行くのがたのしかった。仕事のゲラなんて読んでいられない。まして新宿梁山泊。演目は唐十郎の『黒いチューリップ』だ。この三カ月は自分が編集者であることを忘れ、年齢も忘れた。つまり自分の肉体がジジイであることも忘れて二十代三十代の若い役者たちと舞台のうえで歌い、跳ねた。
唐十郎の芝居は学生の頃から好きだった。演劇はアングラだけじゃなく、つかこうへいもよく観たし、野田秀樹にも惹かれて、圧倒された。けれど、観るだけで舞台に自分が立つことはあり得ない、と思っていた。演劇部に入ったこともないし、そもそも人前に立つことが苦手で、歌ったり踊ったりとなると超不得意で、逃げ回っていた。そのぶん観る側としての自覚は明確にあった。そんな、若いとき何かを好きになった感覚がたとえば四十年にわたって自分を支えてきたのだと力説したくなるが、ここではやめておく。
役者仲間たちは映画やTVドラマの仕事と兼業しながら舞台をやっている。十年、二十年のキャリアがある彼らから見たら私なんてシロウトに過ぎない。偉そうに一緒に舞台に立っていてもいいのか。最初はそう思ったが、出ていいと言われるのに出なきゃもったいない。何より、戯曲の台詞を声に出す気持ち良さを知ってしまった。唐さんの書いた台詞なんて全てがシュールな詩のフレーズで、それを思いきりの大声で客席にぶっ掛ける。ほかにあんな快感はないだろう。そう思ったが、本をつくってる過程でも似たような快感を感じたことがある。じつは役者も編集者もおんなじような快感のために成立している仕事なのかも、しれない。