祝祭から日常へーー「本の産直市」を考える
2024年7月、神奈川県茅ヶ崎市の長谷川書店ネスパ茅ヶ崎店の店頭で「本の産直市」を開催した。
事前に茅ヶ崎駅でチラシ配りなどした甲斐もあり、多くのお客さんが来店された。売り子となった各社スタッフも店頭に立って声をからし、金曜から日曜までの3日間で総額60万円近くを売り上げた。
ただ、「開催した」というのは、ウソではないがやや正確性に欠ける。
主催したのは、11の版元・クリエーターと同書店であり、いわば共催の形だったからだ。
小社を含めた版元スタッフ(その多くは「社長」)が、自社の本をお客さんに直販するから「産直市」。商品は長谷川書店が仕入れ、レジも同書店が担う形。
この産直市、意外と歴史は古い。
おおもとは、2010年にさかのぼる。
この年、東京・高円寺で開催された「高円寺フェス2010」において、26の版元が集って「公園de本の楽市」を行ったのだった。
この時も、当時は文庫センターなどを高円寺で展開されていた西荻窪の信愛書店の呼びかけに応えたものだった。
その後、版元だけで「本の産直市」と銘打って開催したこともある。
が、今年になって、初心に戻ろうということで、トランスビューを幹事社に書店とのコラボで産直市を開催することになった。
再生・第一回としては4月に東京・蔵前の透明書店で開催。2日間にわたり、店頭および店内にテーブルを並べ、各社スタッフが自社本を「直販」した。
そして、第二回として開催したのが、冒頭の長谷川書店ネスパ茅ヶ崎店だった。
「はせしょ」の名で親しまれる「町の本屋さん」だが、岩波文庫など人文書も充実し、多くの常連さんに支えられていることは、わずかな時間でも感じ取ることができた。
が、同書店がある湘南地方は比較的に書店が充実している地域で、お隣の平塚にはサクラ書店、逆方向にはジュンク堂書店藤沢店、その先には湘南Tサイトがあり、それぞれ「本は地元で買える」という恵まれた事情があるそうだ。
それもあって、平塚市から来たお客さん(60代ぐらいに見えた)は、「長谷川書店には初めてきました」とのことで、ちょっとびっくりした。
ともかく、産直市は賑わったのだけど、視点を変えてこの意義を検証したい。
この版元日誌の読者なら既知のことだけど、いま本の「直販」はおおはやりだ。
長い歴史をもつコミケをはじめ、一箱古本市や文学フリマなどなど、あちこちで「直販」されている。風の噂に、一日で何百冊も販売される本もあると聞く。
ちょうど、わたしたちが茅ヶ崎で産直市を行っていた7月20日、21日は東京・浅草で「BOOK MARKET2024」が開催され、74の版元が参加したという。業界紙の「新文化」(2024年7月25日号)によると二日間での来場者は4000人にのぼったそうだ。
あるいは、貸し棚方式の直販(シェア本棚)も流行している。東京・神保町のPASSAGEは三店舗で1000棚を展開するという。
しかしこれらの「直販」は書店を介さず、版元やクリエーターが直接に手売りするものだ。それが流行る理由があるのだろうし、前述のとおり私たちも「産直市」と称して、書店を「中抜き」して手売りした時期がある。
しかし、いまの出版業界の現状を考えると、出版社が書店抜きで売り上げを増やすことがどのような意味をもつのか、あらためて考えたい。
そう言うと「取次の苦境は考えなくてもいいのか」との声が飛んできそうだが、直取引をメインに営業しているころからとしては、「それは、取次メインで営業している出版社で考えてください」としか言いようがない。
長谷川書店での産直市に話を戻すと、先述のとおり3日間で予想以上の売り上げがあり、書店粗利は30%に設定していた。この金額が小さいかどうかは、各書店に判断いただくしかない。
が、「町の本屋がなくなるとさびしい」と嘆くばかりが能ではないことを、出版社からも発信していくにあたり、ひとつの指針となる金額であり、方向性ではないだろうか?
先の「新文化」は、BOOK MARKET2024の様子を、こうも伝えている。
「会場では出展者に笑顔が戻っていた。うだるような猛暑のなか、若い人を中心に多くの来場者で溢れ返った」と。
こうした祝祭的な場が設けられることも、本のイベントが来場者で溢れ返るのも、一出版社としても、またひとりの本好きにとってもうれしいことだ。
でも、その「喜び」を書店とシェアすることはできないものだろうか?
あるいは「祝祭」を少しでも「日常」へと近づけることは出来ないだろうか?
繰り返しになるけれど、ころからだって神保町ブックフェスティバルに何度も出店し、多くの売り上げを得ている。だから、ひとりだけ「よいこ」になろうとは思わない。
しかし、この世から本屋がなくなったら出版社をたたんでもいいかな、と思っている身としては、茅ヶ崎の小さな本屋の店頭で見た光景にこそ「未来」を託したいと思う。
ということで、「うちでも産直市やってよ」という声が書店からかかることを心待ちにしている。