琥珀書房からのご挨拶 学術出版の一隅にて
はじめまして、京都で学術書や学術資料を刊行しております琥珀書房の山本と申します。 初投稿なので、簡単な自己紹介と仕事について思うところを記します。
数多くの出版社がある中、琥珀書房の属するのは所謂、学術出版の世界。一口に学術出版と言っても広いですが、その広大な世界の中で、人文系、主に近現代東アジアに関わる本を刊行しております。
琥珀書房は、大きく3つの仕事をしていこうと思っております。
A:研究者の単著・共著の刊行。
B:新聞・雑誌・日記などの貴重資料の出版。
C:小さな記録や作品を残していくこと。
Aについては、多くの人に馴染みがあるかと思いますので、ごく簡単に。著者が10年近くかけた仕事をご一緒に形にすることは、大変やりがいがあります。書評や読書会などで評され、語り合うことは何よりの実りとも言えます。(鹿ヶ谷叢書というレーベルをつけております。鹿ヶ谷はおおまかに言うと京都市の東端あたりの地名です。平家物語でも登場します。)
Bについては、ご存じない人も多いかと思います。大学や大きな図書館の地下書庫に行っていただくと体感いただけるかと思います。薄暗い書庫の中で静かに眠る巨大な資料群。その中には「復刻版」と付された、所謂reprintの資料もたくさんあるかと思いますが、主にそうした資料を出版しております。研究者の参照資料として、手軽で便利に使っていただけます。近代の分野に限って言っても、この業界の歴史は古く、恐らく1970年代頃から相当な数の資料がこれまで形になっており、今も10社近い出版社が多くの資料を刊行しています。
この仕事の一番のやり甲斐は、世界にほとんど残されていないものをつないでいく営みに あるのかと思います。仕事の中では、「よくこんなものが残っていたな!」といった出会いに立ち会うことが出来ます。(たいていホコリまみれで触れば壊れるような、色褪せながら愛おしい品々です。) 協力いただいている研究者の方の見事な解説を読んだ時も愉快なものです。
こうした資料関係の仕事の中で、私が個人的にがんばっていけたらと思っているものが、日記の刊行です。日記の編集は、ご経験者なら共感いただけると思いますが、有名無名問わず一人の「生」をたちあげるようなやりがいを感じます。そしてその記述の端々から、記した人の「生」を包みこんだ時代や社会を追体験する感覚を味わえます。
これまでの刊行物に、在日一世の方の日記としては初公刊となる『越境の在日朝鮮人作家 尹紫遠の日記が伝えること』や、戦中、その名講演で銃後社会を鼓舞した陸軍少将岡原寛の日記を刊行しています。(追記:尹紫遠とその家族を追った『密航のち洗濯』(柏書房)が2024年の講談社ノンフィクション賞を受賞されました!すばらしい本ですので、こちらもぜひ。)
現在、戦中上海で版画運動を展開していた版画家田川憲の日記を準備中です。
のめり込んで面白いぞと勇んで刊行しますが、日記モノは中々売れないのだけが悩みのタネです。
Cについては、ちょっと珍しいかもしれません。 「こはく文庫」と銘打ち、「小さいけどおもしろい、人文学研究者が関わってこそ輝く文庫シリーズ」として、少しづつ刊行しております。採算が厳しいような企画であっても、世の中に残す意義があれば形にしたいと思うことが多いのがこの仕事の常。簡素な造りの本ですが、研究者の方々の素晴らしい解説を付して、価値のある作品や記録を残していこうと思い取り組んでいます。無名の人たちをイラスト肖像で表紙を飾っています。
戦前名古屋中村遊廓を脱出した娼妓が記した『地獄の反逆者 松村喬子遊廓関係作品集』を女性史研究者の山家悠平さんのご協力のもと刊行したところです。ぜひご覧ください。
最後に
「数百万年かけて樹脂が琥珀になるように、長い年月を超えて深く輝くような本を届けた い」こうした思いで琥珀書房と名付けました。えらく立派な名前だと言われることもあります。中国出身の方には、えらく褒められることの多い社名です。
昨今の出来事や世相は20世紀と相似形をしていると感じることは少なくありません。20世紀を省みる必要性を感じるのは、人類にとって決していいことではないような気がしますが、前世紀から学ぶことは残念ながらまだまだ多そうです。20世紀をメインに扱う小社にとって、複雑な気持ちですが、頑張り甲斐があると言えるかもしれません。
そんなこんなで、仕事のなかで色々と学びながら研究者や大学図書館の方々に支えられ、何とか学術出版の一隅で生きております。決して学術出版を取り巻く状況は良いとは言えないですが、がんばってまいります。
最後に、どんな思いで仕事をしていきたいか。どう表現したらよいか悩ましいですが一言で表しますと「心ときめき」※しながら、世のためになって、後世でも永く輝く出版をしていけたらと思っておりますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。(※「心ときめきす小考」木腰隆、1976)