今つくっている本のことを
アジアを読む文芸誌『オフショア』を発行している版元、オフショアの山本佳奈子です。フリーランスの制作仕事や、ごく普通のアルバイトもしながら、「約3足の草鞋」のうちのひとつとして版元をやっています。
【版元「オフショア」はメディア活動】
私が立ち上げた版元「オフショア」は、私が続けてきたメディア活動のうちのひとつです。これまで私はメディア活動として、ウェブマガジンとイベントを主体として情報発信してきましたが、2022年からは、「器」を「ウェブ」から「紙」に移しました。自分が発信したいことを盛り付ける器として、今、ちょうどしっくりくるのが紙の束、という具合です。
ウェブマガジンとして「Offshore」を立ち上げたのは2011年。日本以外のアジアのインディペンデントな音楽や、オルタナティヴなアートの情報が当時はなかなか日本語で見つからなかったことをきっかけに(けれど当時、英語では容易にウェブ記事が見つかったのです)、アジアの表現者や実践者たちへ取材し記事をつくって公開してきました。記事から発展させて、タイやシンガポールの音楽バンドの招聘ツアーを企画製作したり、香港や韓国から監督と出演者を招いてドキュメンタリー映画の上映イベントを行ったり、また、小さなトークイベントや音楽コンサートも、たくさん企画・主催してきました。
でも、2010年代最後の数年間あたりから、「なんだか違うんだよな」という感覚がつのってきて、記事の更新とイベントの企画製作をほとんど止めました。一番ひっかかっていたことは、ウェブとSNSがセットになってしまって、告知はSNSがメインツールとなり、タイミングや素早さが重要視され、SEO対策や「映え」がなければなかなか広く届かない状況になってしまったということ。「映え」を演出することは苦手だし、そもそも収益化を見込めないウェブを素早く更新していくのがしんどくなっていたし、SNSにも疲れてしまったし……。これをどう打破するか?と考えていたときに、「映え」や素早さを捨て去っても成立する紙の本に移行しようと決めました。
というわけで2022年、屋号を英字の「Offshore」から「カタカナ」のオフショアに変えて、心機一転、紙の文芸誌としてリスタートさせました。(※電子書籍も発行しています。)
それにしても、紙の本をつくったこともないのに出版をやってみようとは……。あのときの自分の勢い、まさに猪突猛進(亥年生まれだけに)といえる決断には仰天します。手製本のZINEはしこたまつくってきたけれど、本に関わる仕事をきちんとしたことはない……。似たような仕事の経験といえば、研究者から依頼された冊子編集の仕事や、デイジョブでやってきた文化施設での広報紙編集ぐらいでしょうか。でも、いざ「紙の本をつくってみようか?」と思いついたとき、版元ドットコムのサイトをすみずみまで読んで出版についての理解が進んだことを覚えています。
とはいえ、私は「出版社になりたい」わけではなく「メディア活動がしたい」のです。自分がやりたいことと読者層の規模を想定して、まずは、背伸びしない環境で始めてみることにしました。現状、オフショアは個人事業主で(インボイス登録なしの免税事業者)、ISBNとJANコードだけを取得して、取次は通さず、直取引のみで書店と読者に届けています。
【時間感覚の違い】
ウェブ+イベントだった昔と、紙の本をつくる今。昔と今を比べてもっとも違うのは、時間の感覚です。ウェブ+イベントをつくるときに考えていた「時間」のことと、本をつくるときに考えている「時間」とは、まったく別物だと感じます。
これは発信する側のみならず、受け手側にとっても、時間感覚はまったく別物であるはずです。例えばイベントは、二度と戻ってこない「今この一瞬」を他の参加者と共有するものですし、ウェブの記事にも鮮度があります。一方で、本を読むときは常に長い時間が共にあるでしょう。それに本は一気に読み通さなければいけないものでもないし、何年もかけて少しずつ読むことも多い。「昔読めなかった本が数年後読めるようになる」というのは誰もが経験しているはずです。また、本と出会うタイミングは、新刊と呼ばれる時期とは限りません。たとえ雑誌でさえも過去の巻号が非常に欲しくなる/欲されることがありますし、本を探したり本を読むことは、時間の流れを無視した行為のような気もしています。
【シリーズ「表現活動と生活と金(仮)」にのせた期待】
まずは、「アジアを読む文芸誌『オフショア』」を発行するために立ち上げた版元のつもりでしたが、立ち上げてみると、他の本もつくりたくなってきました。来年春頃には、オフショア初の単行本を発行する予定。現在、鋭意編集作業中。シリーズものにしたいと考えています。シリーズタイトルは、「表現活動と生活と金(仮)」。私の周辺にいる、音楽やアートの表現者たちと本づくりをしていこうと試みています。表現者たちの生き様、普段の生活、生きていくためのお金はどうしているのか、表現することがその表現者の生活にどのように組み込まれているのか。加えてもちろん、創作や表現の姿勢と思考についても。表現者の生き様をとじこめた本にしようとしています。
音楽やアートをつくる表現者たちは、世間一般には「アウトロー」とか「無頼派」のイメージを付与されて、ミステリアスな存在になっているかもしれません。が、意外とそんなことない、と私は思っています。自分の表現を実現するために長期計画をたてて確実に遂行している人たちであり、極めて冷静で、事務屋のような人たち、とも言えるかもしれません。それも、長く自分の表現を続けていくための技のひとつなのです。
このシリーズの着想は、先に述べた時間感覚への気づきでした。普段、音楽やパフォーマンスあるいは展覧会等の形態で表現し、一過性のできごとをつくることに心血を注いでいる表現者たちの軌跡を、本という時間を無効化できる装置にとじこめて継いでいきたい。こんなに面白い表現者たちの表現や生き様を、紙にのこして何十年も先に残しておくべきなんじゃないか。そう考えたのが始まりでした。しかし、編集が進んでいくと、このシリーズに託されたもうひとつの意図が浮かび上がってきました。表現者が実践している、周囲に合わせず外れた道を選んで歩む技術を本という形にして伝播することは、きっといくらかの人にとって希望になる。生きづらい世の中に我慢して耐えて潰れていく人が、一人でも減らせるんじゃないだろうか……。そんな期待も込めています。乞うご期待。