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田舎に出版社を作ってベストセラーを出す方法

(1)
 「田舎こそ派手に世界へ発信すべきなのだ」
 震災を機に、東京から広島県の過疎が進む田舎町である北広島町に移住して8年になる頃、僕は芸北ぞうさんカフェという田舎カフェの運営、農業(米野菜8年)、田舎体験事業などを事業化した経験から、「田舎こそ痛快に都会に向けて情報発信すべきだ」という結論に至った。

 田舎で古民家を改装して、癒されながら自給自足しているだけでは、家族を養えないどころか10年後には過疎に飲み込まれるだろう。
田舎に起業チャンスが山ほどある事はすぐに気付いた。しかし地元の内需が加速度的に縮小していく中、いかに外貨(都会の金)を稼ぐかが過疎から生き残る唯一の道であり、その為には全国的に自ら情報発信しなくてはいけないと思った。しかも出来るだけドラマチックで影響力のある方法でだ。それが出版社を立ち上げた理由である。
 ネットでの情報発信も大事だが、まだまだ人は印刷物をより信頼する。全国の村おこし事例にも本の出版が起爆剤になったケースが多い。それなら僕も出版事業を始めよう。でも東京の大手出版社に頭を下げて出版してもらうのは他力本願的で気にいらない。この際、自ら広島に出版社を作ってベストセラーを出そうじゃないか。書籍が売れれば売れる程、儲かるだけでなく、それに比例して宣伝になるのだ。こんなファンキーなビジネスは他にない!
そして2018年秋に立ち上げたのが『ぞうさん出版』だが、僕は出版業界未経験者だった。
 「日本中に本を売るぞ。そうすりゃこの地域が注目されて、地元物産が全国で売れるだろう。書籍を映画化すればロケ地にはわんさか観光客がやってくるはずだ。地域に雇用が生まれ、町は過疎とオサラバできる。俺はやるぞ!」
こんな感じで、僕の苦悩の日々が始まったである。

(2)
 田舎に出版社を作る為に、出版する本を制作しなくてはいけない。
まずは作家選びだ。手始めに地元で活躍する何人かの変わった人に執筆依頼をしてみた。予想通り、実績のない出版社から本を出そうと思う人は誰もいなかった。過去に一冊の出版実績もない出版社を誰も信用しない。人は皆、過去の実績を重視するのだ。
 「そうか、じゃあ最初の本は自分で書いてみるか。」
ということで記念すべき最初の一冊は、僕が自ら執筆し、それが売れたら出版社としての実績になるから、そのうち村上春樹だって僕と契約してくれるだろう、そう考えたのだ。
そんな流れで僕は作家になる事にした。しかも自社出版社から作家デビューするのだ。これは音楽業界でいう自主レーベルの浜省や矢沢永吉のような感じでかっこいいと思った。
さっそく僕は本の執筆を開始した。元々ブログを書いていたので、なんとか書き上げる自信はあった。ただ、果たして僕の本が売れるのかどうか不安もあったが、深く考えずにひたすら書き続けた。執筆には8ヶ月の歳月を費やした。夏の暑い日は近所の妙徳寺のひんやりした御堂の片隅にPCを持ち込み、寒い冬は薪ストーブの前に机を置いて執筆した。編集は、カフェのお客さんを通じて知り合った、日販の広島支店長が地元の編集者を紹介してくれた。デザインは一緒にカフェを運営していた東大博士の井筒さんが担当してくれた。そしてついに記念すべき最初の作品が完成した。タイトルは「冒険起業家 ゾウのウンチが世界を変える」通称ウンセカ。「傑作が誕生した!」と僕は胸を張った。印刷前のゲラを集落の長老に見せると「こりゃ面白い本ができそうじゃの」と褒めてくれた。
そして次回、ぞうさん出版は、ついに全国デビューを果たすことになる。

(3)
ついに本が完成した!印刷所から届いた段ボールを急いで開き、最初の一冊を手にした瞬間、僕は宝物を発見したトムソーヤのような気分になった。忘れられない歓喜の瞬間だ。
「ウォー!これが歴史の始まりなんだ!」世界で最も田舎にできた出版社から、最初に出版される書籍、それがこのウンセカであり、この本が全国、いや世界中の書店に並び、そして多くの人に読んでもらう事になるのだ!僕は喜びを爆発させながら妻のミチを思いっきり抱きしめた。そしてデザインを担当してくれた井筒博士と感動の固い握手をした。
「みんな支えてくれてありがとう。おかげでぞうさん出版は完璧な本を完成させる事に成功した。そしてこの本を必ずヒットさせる為、来週我々は記者会見をする」
「え!?」
 その2週間後、僕らは広島市役所のプレスルームで、地元テレビ局や新聞社の記者を招いて記者会見を行った。会見で僕はかなり緊張して震える手を隠すのに必死だったが、ぞうさん出版のアジア出版構想について熱く語り、記者からの質問に一つ一つ丁寧に答えた。その日の夕方のニュース番組で、さっそく僕の緊張した真っ赤な顔が映し出された。番組内で僕はこう語った。
「世界一田舎にある出版社から出たこの本が全国の書店に並ぶ歴史的記念日、いわゆるデビューの日は今月末です。皆様ぜひ書店に足を運んで下さい」
 販売初日、あちこちの書店の売り場を見に行くと、派手にウンセカが並べられていた。目の前に広がる光景に、僕は喜びと感動で鳥肌が立ったが、すぐに違和感を感じた。その理由は、どの書店に行ってもウンセカが並べられたコーナーの横に、別の本がズラッと平置きされていたのだ。その本は、広島のスターで人気アナウンサーの横山雄二さんの自伝だった。同じ広島本である僕のウンセカと、広島のスター横山氏の自伝の出版初日が、完全にバッディングしていたのだ。そしてその数日後、とんでもない事態が僕を襲った!

(4)
記者会見から1週間後のことだ。「やばいぞ…ウンセカ、全く売れてない!」
日販から最初の数日の売上結果を聞かされた瞬間、僕は完全に凍りついた。最初の期待がビッグだった分ショックも大きかった。5000冊も印刷したのに、まだ200冊弱しか売れてなかったのだ。それに対して、同日に出版した広島のスター横山雄二氏の自伝はバカ売れだという事実がさらに僕を打ちのめした。売り場で呆然としていると、ジュンク堂書店員の三浦さんが僕に耳打ちした。「まだ勝負はこれからよ。スターと比べちゃダメ」
その後も売れ行きは伸びずに眠れない夜が続いたが、ちょっとした嬉しい動きもあった。地元芸北の町をウロウロしていると、たまに声をかけられるようになったのだ。
「あんたの本、面白かったよ」「あんた外国で苦労したんじゃね」「応援しとるけえの」
長老の家に行くと、ウンセカが仏壇に飾られていた。老眼で読めない代わりに、大事に飾って拝んでいるそうな。嬉しかった。
「俺はまだ諦めんぞ、勝負はこれからじゃ!」
ストレスで眠れない夜、自宅のテレビで『純烈』という歌謡グループの苦労話が放送されていた。売れない新曲で全国のスーパー銭湯を辛抱強く営業回りを続け、ついに紅白歌合戦に出場が決まったという感動のニュースだった。僕は純烈を自分と重ねていた。
「そうだ、俺も純烈のように全国の書店やホールで講演活動をしよう。コツコツと講演活動していけば、いずれ純烈が紅白に出たように、俺にも必ずチャンスが来るはずだ。」
そして僕は北海道から九州まで50箇所の書店やホールで講演の全国ツアーを開始した。最初は人が集まらず、自らビラ配りをしたが、続けているうちに、徐々に人が集まるようになった。地元広島では江田島などは300人以上集まった。まるで演歌歌手にでもなったような気分だったが、講演回数に比例して書店での販売数も徐々に伸びていった。

(5)
ウンセカの販売数が伸びるにつれて、読者やファンだという人達があちこちから「芸北ぞうさんカフェ」を訪ねて来るようになった。そして地元のテレビ局や東京から新聞記者が取材に来た。ある日、ウンセカを読んで感動したという人が、ホテルサンプラザの大ホールで僕の講演会を企画してくれた。会場には400人近くの人達が集まり、ウンセカも飛ぶように売れ、大量の本にサインをするのが大変だった。その後も講演は毎月3、4本ほど依頼が来て、僕は全国の大学や自治体、経済団体などを講演して回った。おかげでウンセカは発売から半年が過ぎても書店のランキング内にとどまった。
自信をつけた僕は、次の本の出版の準備に取り掛かった。まずはカフェを一緒に運営している東大宇宙博士のエッセイ本を、そして広島の町づくり活動家の山根進さんの自伝の制作を開始した。山根さんとは僕が広島に移住してすぐの頃、偶然ぞうさんカフェを訪ねて来たのがきっかけで仲良くなり、移住してまだ知人も少なかった僕は、何かと相談していた。僕が出版社を立ち上げ、ウンセカを出版したときも、自分の息子のように応援してくれた。僕は密かに山根さんを慕っていたが、ある時、山根さんが末期癌で、全身に転移している状況だと打ち明けられた。癌と戦う日々をSNSに綴る山根さんの文章を読んで、本にして出版しようと思った。山根さんに作家デビューしてもらい、元気を取り戻してほしかったのだ。しかしその本が完成して書店に並ぶ直前、山根さんは天国へ行ってしまった。山根さんと恋女房の笑顔が印刷された表紙の本が、広島中の書店に並んだ。

(6)
「言ったらやる、やったら結果を出す」
この言葉は、ぞうさん出版の3冊目の書籍の著者である山根進さんの口癖である。僕は田舎の出版社から必ずベストセラーを出すと記者会見でも公言した。しかし未だ実現していない。一体どうすればいいのか考え続けた。書店の売れ筋ランキングコーナーを覗くと、見事に有名人やネットのインフルエンサーの本ばかりがズラリと並んでいた。
「そろそろぞうさん出版も著名な人気作家の本を出したい。」そう思っていた頃、通信社の記者が東京から取材にやって来た。ウンセカを読んで感動してくれたそうで、田舎に移住して出版社を作った事も興味を持ち、ぜひ取材したいとの事だった。
「田舎こそ世界を変える事ができるんです。しかし田舎の価値は都会の視点を持たないと見つけにくい。だから僕は田舎を拠点にしながら、東京や海外にも頻繁に出て行く。田舎の水がどれほど旨いかなんて、都会のまずい水を飲んだ人しかわからないですから。」
僕の話を聞いた通信社の記者が言った。
「養老孟司氏の提唱する有名な『都会と田舎の新参勤交代理論』をまさに植田さんは実践しているようですね。面白いからよかったら近々、養老先生をご紹介しますよ。」
その1ヶ月後、僕は本当に養老先生の自宅に招待され、息子と共に食事をご馳走になった。養老孟司氏は、言わずと知れた平成のベストセラーキングで、超人気作家である。そしてこの養老先生とのご縁から、その後、ぞうさん出版は奇跡を起こす事になる。

(7)
 2020年の地元出版業界の新年会のステージで、僕はマイクを握り、こう宣言した。
「世界で最も田舎にある出版社である、我々ぞうさん出版は、平成で最も売れたベストセラー作家である、あの養老孟司先生の書籍を、このたび出版することになりました!」
その瞬間、会場は異様な空気に包まれた。
その9ヶ月後のある日、僕は養老先生と共に、広島市のとある講演会場大ホールで、対談講演をする為に楽屋で待機していた。会場は500人の観客で満員だったが、僕は焦っていた。数日前から謎の難聴と耳鳴症に悩まされていたからだ。
養老先生との対談が成立するのか心配したが、結果的には大成功のうちに無事におえることができた。
 その後の数ヶ月間、僕らは養老先生の本作りに没頭した。途中、養老先生が虫取りに芸北へ来てくれた。突如、芸北を訪れた養老先生に、町の人達は驚いたが、八幡高原で一緒に虫を取ったり地元の店や民宿で語り合ったりと、気さくな養老先生は町でも人気だった。
そして半年後、ついに養老先生の本が完成した。タイトルは「養老先生のさかさま人間学」だ。事前注文数は想像を超えていた。かつてのぞうさん出版の書籍とは桁外れの注文数だ。それにあわせて僕は大量の冊数を印刷した。その人気は凄まじく、店頭に並ぶ前に重版が決まった。僕もここが勝負だと考え、新聞広告に多額の資金を投入した。そして、販売開始に合わせて養老先生に広島に来て頂き、テレビやラジオ、新聞などで一気に広報活動を展開する準備をしていた。しかしその矢先、とんでもない事態がぞうさん出版を襲いかかった。
緊急事態宣言…全国の書店が臨時休業へ。そして養老先生の来広も中止に….

(8)
出版開始直後のコロナ緊急事態宣言発令で、都市部の書店が臨時休業や時短営業の中、多額の資金を注ぎ込んでいた僕は、新型コロナウイルス騒ぎのあまりに残酷なタイミングに愕然としていた。
 しょんぼりしている僕をみてか、養老先生がオンラインでのテレビやラジオ、新聞などで広報活動の協力を申し出てくれた。テレビ放送の直後、一気にランキングが跳ね上がり、「養老先生のさかさま人間学」の快進撃は続いた。そして発売開始から3ヶ月で4刷まで連続重版へ一気に突き進んだのである。さらに僕のYouTubeチャンネルに養老先生が登場してから登録者数が爆増、Amazonなどのネット書店での販売数も加速度的に伸び続けた。ベストセラーがやっと見えてきたように感じたが、やはり緊急事態宣言で思うように営業活動ができない中、新刊コーナーに並べてもらえる期間が終わりつつあり、気持ちだけが焦った。
 そんな僕を応援したいと、養老先生がぞうさん出版の顧問に就任して下さり、サイン本作業、動画出演など、様々な援護射撃をしてくれた。感謝の気持ちで胸が熱くなった。ただ、僕の難聴も耳鳴りは相変わらずで、複数の病院で治療を受けたが、回復の兆しはなかった。しかし気にしても仕方ないので、次の書籍の準備に取り掛かかる事にした。
 次の書籍は、広島県観光連盟が企画した観光本『ひろしま元気本』、そして地元の新人作家を発掘した『いただきますの山』という狩猟女子・昆虫食ガールの書籍を立て続けに出版した。
そして現在ウンセカの続編も現在執筆中だ。書店に並ぶ時期はおそらく来年夏頃になるだろう。
そして今年の後半から、ぞうさん出版は世界を舞台にある計画を進めている。つい先週もマレーシアの出版社と書店を回ってきた。僕は田舎こそ世界に発信しなくては行けないという思いを持って「ぞうさん出版」を立ち上げた。もちろん必ず実現する。日本の田舎町から世界へ、田舎出版社の物語はまだまだ続くのだ。今後のぞうさん出版の動きに是非ご注目を!



ミチコーポレーション(ぞうさん出版)の本の一覧

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