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わたしたちの停留所と、書き写す夜 キム・イソル(著) - エトセトラブックス
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わたしたちの停留所と、書き写す夜 (ワタシタチノテイリュウジョトカキウツスヨル)

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四六変形判
縦191mm 横131mm 厚さ10mm
価格 2,000 円+税   2,200 円(税込)
ISBN
978-4-909910-31-8   COPY
ISBN 13
9784909910318   COPY
ISBN 10h
4-909910-31-X   COPY
ISBN 10
490991031X   COPY
出版者記号
909910   COPY
Cコード
C0097  
0:一般 0:単行本 97:外国文学小説
出版社在庫情報
在庫あり
初版年月日
2025年10月30日
書店発売日
登録日
2025年9月3日
最終更新日
2025年11月17日
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紹介

わたしの言葉を、
わたしはまだ取り戻せるだろうか。

40代未婚の「わたし」は、老いた父母やDVを受けて実家に戻ってきた妹親子のケア労働に果てなく追われ、詩人になる夢も「あの人」とのささやかな幸せもすべてを諦めて生きている。一日の終わりに、好きな詩を筆写することだけが自分を取り戻す時間であった「わたし」が、それすら失ってしまう前にとった選択とは――。

韓国フェミニズムのうねりのなか生まれ、いま「停留所」に佇むすべての人におくる、真に大切なものを静かに問いかける「人生小説」。


*****韓国読者から共感の声続々! ******
(オンライン書店レビューより)

「主人公の状況に息が詰まった。応援してしまう」

「誰かが私の物語を、代わりに書いてくれた気がした」

「慣れようとしても慣れることのできない家事や介護を引き受けている人なら、
思わず涙が出そうなこの物語。無限に共感できる」

「ほんの二、三時間でいいから自分として生きられる時間が欲しかったあの頃。
そんな時期に耐えている、すべての女性たちへの叫びのような物語」

「読んだあとで恋人の性別を知ってもっとせつなくなった。そのプロセスも含めてこの作品が大好き」

「主人公のすべての選択を、応援したくなる本。みんな、幸せになろう」

「家庭でも社会でもひたすら〈わたし〉でいつづけられない。
そう感じる人だけが理解できる、わからない人には絶対に共感できない物語」

「家事の責任を負いながら、誰にも言えない悩みまで抱え、
大学進学も家の事情に合わせた自分を慰めてくれる小説」

「周りや世間を喜ばせるために生きなきゃならないんじゃない、
自分がうれしいときにはじめて、自分をとりまく世界は完全なものになる。そんなことを教えてくれる」

前書きなど

 訳者あとがき 小山内園子

 誰もに、かけがえのない時間、それを失くしたら自分が自分でいられなくなるような時間は存在すると思う。
 ひたすら何かに打ち込む時間、大切な相手と過ごす時間、好きなものを食べ、飲み、あじわう時間、ひとりきりになれる時間……。「夢」というには日常的すぎるが、だからといって、いつでも簡単に叶うわけではない。生きるためのさまざまなタスクの中で、唯一純粋に、自分のためのものと言える時間だ。
 その対極にあるのが、どんどん個人の時間に侵食してくるケア労働だろう。やっても賞賛や報酬を得られることは少ないが、やらなければ責任を問われかねない。終わりなき日常を維持するための裏方仕事。
 本書の主人公は、詩を書く時間を最もかけがえがないと思う40代の女性である。いつ詩人になれるかはわからない。でも書き続けている。書けない日は気に入った詩を書き写して、少しでもいいから理想の詩に近づこうと努力する。詩を書きたいのか、それとも「詩人」という社会的地位に憧れているのかと、ときどき自問自答したりもするが、詩に打ち込む時が最も自分らしくいられることだけは間違いない。
 その彼女が、ある事件をきっかけに、自分のほぼすべての時間を家族のケア労働に捧げざるを得なくなる。心が死んでいく。そしてついに、一つの決心をする──。

 本書は、2020年に韓国で刊行されたキム・イソルの中篇小説『わたしたちの停留所と、書き写す夜(우리의 정류장과 필사의 밤)』の全訳である。底本には初版を利用した。
 邦訳されているキム・イソル作品は、この訳者あとがきを書いている2025年8月現在、短篇一作しかない。『韓国フェミニズム小説集 ヒョンナムオッパへ』(斎藤真理子訳、白水社、2019)という書下ろし小説集に収められた「更年」がそれである。更年期を迎えた40代の「私」は、ある日中学生の息子が、受験勉強のストレス解消のためだけに、同じ学校の女子と合意の上でセックスをしていることを知る。恋人関係ではないから愛のないセックスだが、合意があるからレイプではない。混乱した「私」は夫に相談するが、夫は息子のことを「正常な男として育ってる」と全肯定し、一方で相手の女子のことは「頭がおかしい」「体でたぶらかそうとしてる」と言い放つ。男と女で、社会が期待する役割も、親が望む子どもの理想像も違う。生殖の機能を失いつつある自分の身体と、初潮を迎えて数年であろう息子の相手の身体を重ねながら、「私」は、この社会で女性として生きる痛みを改めて感じる。
性、家族、そして暴力。作家生活の序盤、それらはキム・イソルにとって非常に重要なモチーフだった。しかし、本書の「作家のことば」にも書かれているスランプの時期をくぐりぬけて、少しずつ作風は変わりつつある。彼女自身が再起を確信した物語が本書である。

■「居心地が悪い」小説を発表する作家

 1975年に生まれたキム・イソルは、2006年にソウル新聞の新春文芸に当選して作家デビューを果たした。本書にも登場するこの「新春文芸」とは、韓国における作家の登竜門の一つだ。20歳の冬に小説家になることを決意した彼女は、それから10年間、春と秋には文芸誌の新人賞へ、年末には新春文芸へ、それぞれ作品を応募しては結果を待つ日々を過ごした。つまり、10年にわたって落選の憂き目をあじわい続けたことになる。本書の主人公の、「選ばれない人になって、負け犬になって、そのまま無用な人間になってしまったらどうしよう」(78ページ)という心情は、まさに作家本人の実体験から来ている。
 作家を目指す歳月のあいだに、彼女をとりまく状況も少しずつ変わる。大学を卒業して、母親の介護を経験して、結婚をした。第一子を妊娠中、「これで最後にしよう」と心に決めて応募した作品が、ついに新春文芸に当選する。吉報が届いたのは出産から約半月後。キム・イソルは、母親としての生活と職業作家としての生活をほぼ同時に始めることになった。
 新春文芸に当選したデビュー作の短篇「十三歳」は、日本なら「衝撃の話題作‼」という帯付きで刊行されそうな内容である。主人公は、母親と地下鉄駅に暮らす十三歳の少女ホームレス。十分な性の知識もないまま、少女はさまざまな男たちの有形無形の暴力にさらされ、妊娠してしまう。施設で出産するも子どもを手放した少女は、行く当てもないまま再び路上に流れ着く。残酷なストーリー、端正ながら臨場感あふれる文章は「衝撃的な状況が、むしろ強烈な逼迫ぶりを帯びている」と審査員から高い評価を受けた。

 続く作品でも、キム・イソルは社会の底辺であえぐ女性たちを多く登場させている。解説で小説家のク・ビョンモが触れている作品『汚れた血(나쁜 피)』(未邦訳)は、川べりに住む古物商一家の物語だ。主人公の30代女性の周囲に配置されるのは、アルコール依存症の祖母、知的障害があって地域の男たちの性的なからかいの的にされていた母、不倫の末に家を出た従姉妹、さらに従姉妹が残していった口のきけない娘など、やはり辛酸をなめる女性たちである。彼女たちを、家父長制の権化のようなおじが牛耳っている。この作品でも、女性の身体は、社会にはびこる暴力と矛盾が再現される場所として描かれる。
キム・イソル作品には登場人物が初潮を迎える場面がよく登場するが、血は女性の運命の象徴のように読める。

 そうした彼女の作品を「居心地が悪い(불편하다)」小説と呼ぶ読者も少なくなかった。確かに彼女の小説を読むと、とにかく想像を喚起される。もしかしたら自分も、地下鉄の駅で路上生活をする少女と、川べりの集落で男に殴られている女性と、すれ違っていたかもしれない。そうした存在に目を背けてきたのかもしれない、と。自身の作品への居心地の悪さを伝える読者の声について、キム・イソルは「多くの物を手に入れて美しく暮らしている人々の物語を、あえて書く理由はないと思う。問題を抱えた人物を通じて、社会に問いを投げかけたい」( 京キョンヒャン郷新聞、2010年3月21日付)と、むしろ意識的にそうした題材を選んでいることを明らかにしている。
 デビュー以来ひたすら書き続け、若い作家賞、ファン・スンウォン新進文学賞を受賞。着実な歩みは、しかし2015年のあたりで失速する。そこから2、3年の間、彼女は物語を作り出せなくなってしまう。

■「フェミニズム・リブート」から見つめ直す

 理由の一つはケア労働である。デビューから10年近く経ち、いまや二人の娘の母親となった彼女は、書ける時間に、書ける分量の作品を書くしかない。作品はどうしても短篇や中篇に偏りがちになる。長篇をどれくらい書いたかが作家を評価する基準の一つとされるなか、ケア労働と執筆活動を必死で両立させてきた彼女がバーンアウトに襲われたとしても、不思議ではないだろう。
 さらに、フェミニズムとのかかわりから自らの作風を真摯に問い直したことも理由だったと、彼女は本書刊行時のインタビューで語っている。
2015年、韓国ではフェミニズムの大衆化が進み、若い世代を中心に「私はフェミニスト」というアイデンティティが生まれた。文化評論家のソン・ヒジョンが「フェミニズム・リブート」と名付けたその動き、すなわち背景化されていた女性差別を問い直す空気の中で、キム・イソルも、自らの小説を点検せざるを得なくなった。
「以前は、自分の視線がすなわち世間の人の視線だと思っていたんですが、それは男性目線だったと気づきました」「『これが現実』と見せていたものは、実は女性を性的に対象化していたものでした。誰かにとって痛みになったり、傷になったりする発信なのであれば、それは、もう一度考えてみるべき部分じゃないだろうかと……」(ソウル新聞、2020年8月12日付)
 自分の言葉を疑い始めて、彼女は物語を紡げなくなった。なんとか言葉を失わないよう、必死の想いで詩にすがったことは、「作家のことば」に詳しい。

■人生の停留所を経たからこそ

 スランプをくぐりぬけて作家がたどり着いた場所が、本書である。
 これまでの歩みと比較しながら内容を見ると、かつて重要なモチーフになっていた暴力の気配は、ずいぶんと影を潜めている。文体も、詩を書く主人公の一人称ということもあるだろうが、一文一文が短く鋭かったこれまでの作品に比べれば、実に軽やかでリズミカルだ。挿入される詩が、さらに物語に余白を与えている。著者によれば、編集者に渡した最初の原稿では、シーンや台詞、登場人物の思考や感情に合わせて、合計二十あまりを全文挿入していたのだという。物語の輪郭をくっきりさせるため、最終的には今のかたちに落ち着いたが、物語と詩を縒り合わせるような作業は、作家本人にとってもとても楽しかったようだ。

 人物の造形にも広がりが生まれた。主人公の精神的な支えである恋人の性別について、キム・イソルは執筆時、女性を想定したという。翻訳にあたって訳者に唯一注文があったのもこの部分で、「主人公の恋人を、性別の確定されないかたちに訳してほしい」とのリクエストがあった。自分が描こうとするものへの誠実さに、改めて心打たれた。異性愛が前提で、女性嫌悪を内在させた社会を舞台に女性の悲哀を描いてきた作家は、自らのフェミニズムを更新したことで、より自由な、より広やかな、より明るい地平にたどりついたのだ。
 考えてみれば、キム・イソルその人もまた、作家になるまでの10年間、またスランプの2、3年のあいだ、人生の停留所で時間を過ごしたのだろう。「10年」「2、3年」とさらりと書いてしまったが、渦中にいて終わりが見えない当人には、繰り返す季節がどれほど恐ろしかったかは想像に難くない。その停留所から、キム・イソルは再びバスに乗り込んだ。

 2024年に発表された最新作は、長篇小説『私たちが安堵しているあいだ(우리 가 안도하는 사이)』である。49歳の女友達三人が、25年ぶりに海辺の町へ、三泊四日の旅に出る。なにげない思い出話にも、過去の悲しい行き違い、諦めた夢、消えない傷はよみがえる。大いに共感を誘い、連帯とシスターフッドに胸を熱くする物語だ。
「キム・イソル」はペンネームで、彼女の本名はキム・ジヨンである。「イソル」の筆名に漢字を当てれば「異イ ソル 説」。毎回異なる物語を描きたいという願いが込められている。何度かの停留所での時間を経て、彼女はまた、異なる物語を紡ぎ始めた。今後もキム・イソル作品を一つでも多く、日本に紹介できればと思う。

 訳者とのやりとり一つ一つに、丁寧に応じてくださったキム・イソルさん、ありがとうございました。訳文をチェックしてくださった翻訳家のすんみさんにもこの場を借りてお礼申し上げます。また、エトセトラブックスのWeb連載「翻訳者たちのフェミニスト読書日記」で本書を紹介した時からこの物語に心を寄せて下さり、日本の読者へ紹介できる機会を与えてくれた編集者、松尾亜紀子さんに深く感謝いたします。
 
 2025年8月

著者プロフィール

キム・イソル  (キム イソル)  (

2006年『ソウル新聞』新春文芸に短篇小説「十三歳」が当選して作家活動を始める。短篇集『誰も言わないこと』『今日のように静かに』、長篇小説『汚れた血』『幻影』『線画』『私たちが安堵しているあいだ』がある。第1回ファン・スンウォン新進文学賞、第3回若い作家賞、第9回キム・ヒョン文学牌を受賞。

小山内 園子  (オサナイ ソノコ)  (

NHK報道局ディレクターを経て、延世大学校などで韓国語を学ぶ。訳書にク・ビョンモ『破果』『破砕』(岩波書店)、カン・ファギル『別の人』(エトセトラブックス)、『大丈夫な人』『大仏ホテルの幽霊』(白水社)、イ・ミンギョン『私たちにはことばが必要だ』『失われた賃金を求めて』(すんみとの共訳、タバブックス)など、著書に『〈弱さ〉から読み解く韓国現代文学』(NHK 出版)がある。

上記内容は本書刊行時のものです。