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IT革命と印刷・出版メディア

 去年の10月29日に、出版労連と全印総連と共催したシンポジウムで話をさせてもらった。今回は、それをまとめてみました。

 今回の「IT革命と印刷・出版メディア」というシンポジウムのテーマを聞いて「ああなるほど。これほどIT革命っていうのはみんなにインパクトを与えて、脅かして、危機感を持たせてる、そういう言葉として1人歩きしてるんだな」って言う感じがした。

 僕自身は「けっ!」て言う感じです。

 例えば百姓が自分で作った米を、ネットワークを経由して直販したとしても、日本のコメ消費が2倍に増えるなんてことはありえない。インターネット・IT革命に乗れば景気がもっとよくなるといったことは基本的にないと思う。

 町の米屋さんの売上げがやや減って、直販とかネット上の店の売上げがやや増える。

 販売がネットにシフトしてしていく率が一定ある程度の事にすぎなくて、そう言う時に「いいシステム作れますよ」「パソコン売ってますよ」っていう業種がちょっと伸びていくにすぎない。この程度の「IT革命」にビビルのはちょっと違うんだろうろと思う。

 SOHO(スモールオフィス ホームオフィス)だの、「在宅で仕事ができるようになるんじゃないだろうか」というもてはやされかたもされているけど、物を動かさなければ仕事にならないんだから、みんながみんなパソコンのまえに座って仕事になるワケがない。

 ポット出版では宅急便とバイク便の経費が増えている。たしかに、打ち合せは減ってる感じはするが、指定紙だとかMOをバイク便で送るとかいったものが増えている(バイク便も安くなって、都内千円くらい。社員が動くよりそっちのほうが安いんじゃないかって言う事でどんどん増えている)。

 結局、だれかが物を動かしてくれなければ我々の仕事でもなりたたない。

 米を食べるには誰かが物を運ばなきゃいけない。この事態は変わらない。

 ネットで米を売る事はできるけれども、ネットでコメを運ぶ事はできない。ここに決定的に従来と変わらないところがある。

 入口、出口がネットワークにちょっとだけ肩代わりされる。これがIT革命の中でeコマースだのと言われていることで、その程度のものなんだろうなと思っている。  ただしIT革命、コンピュータやネットワークが、僕達の社会になんの変化も及ぼさないかというと、これはまだわからないというのが結論なのだ。  ネットワークとコンピュータ社会によって、社会のありようが革命的に変わっていく可能性もまだまだある。

 例えば電子メールというメディア。

 大昔は直接ことばで連絡しあっていた。それから手紙(文字)というものを送り合うようになった。電話ができて再び声でコミュニケーション、意思疎通をするようになった。その間にファックスやポケベルなども使われた。

 そして今僕は、電話なしの仕事が考えられないように、ファックスなしでは仕事にならないという体になっているのと同じように、電子メールがないと生きられない体になりはじめている。

 電子メールなどのインターネットという道具が、言葉→手紙→電話のような、メディアの単純な変更なのか、人間同士のコミュニケーションの有り様を根本的に変えてしまう特別な力を持っているものかは、現時点で僕にはわからない。わからなくて良いと思うし、わからないとしておくほうがいいと思っている。

 無理して結論を持つよりも、とりあえず楽しんで使ってみればいいのではなかろうかと、僕は考えている。

●アマゾンコムから学ぶこと

 『アマゾン ドット コム』という本が日経BP社から出たが、僕にはとても面白く読めた。  アマゾンドットコムも最初は無在庫で商売をやろうとしたそうだ。そういう「ビジネスモデル」を立てたらしい。

 ところが今どういう事態になっているか。倉庫に在庫をいっぱい集めるように転換している。

 ネットで注文を取って、その都度版元に注文をだせば、在庫を一切持たずに商売できるんじゃないかとはじめたものの、やっぱり在庫を用意しておいてお客さんに届けなきゃ、全然駄 目だったというのが、この間のアマゾンドットコムの変化であるというのが1つ。

 2つ目に、アマゾンというサービスはなにかということ。

 インターネットとかコンピュータだとかに特有のサービスではなくて、普通の当たり前のサービスをやろうとしたことである。そのサービスの1部には、確かにネットワークとコンピュータがなければなかなか実現できなかったお客様思いのとても良いサービスを思いついたりはしているが、要はコンピュータとネットワークが仮になくても、学ぶべきことの多いサービスだと僕は思っている。

 ワンクリックで注文できるようにした。返品自由にした。スタッフを雇って書評をどんどんつけたし、読者が書評を書けるようにもした。 普通の本屋さんでも経費や手間の問題を除けばやっても良いし、やってる本屋もあるだろう。POPだってある種書評の1つ、本屋で自分なりの書評を書いて配っているチェーン店さんなんかもある。これらは別にネットがなくてもできたこと。それをきちっとやったのがアマゾンだったと、僕は読んだ。

 ただし日本の状況と決定的に違うのは、値下げができたということ。よく言われているように、それでシェアを伸ばしていったというのも事実だとは思う。しかし、これもネットだから実現できたことではない。もちろんその要素がゼロとは言わないけれども普通の店でもできたと僕は思う。

 ネット特有のことはしてない。そういうことから言うと、ぼくらの商売で学ぶ事はいっぱいあるかなと思う。

●ネット書店全体の現状

 折角なので、数字を幾つか拾っておいた。

  1999年の雑誌と書籍の総売上は、2兆4600億くらい。日本国内のオンライン書店全体の売上げが、60億程度のようで、0.25%くらいである。  全体としてはまだその程度なので、「その程度だぞ」ってナメていてもよくて、過剰な反応はしなくてもいいと思う。

 あまり紹介されていない面白い数字で、京都の三月書房という書店がやっている電子メールとウェブサイト(ホームページと同じ意味)を使った通 信販売の売上げデータがある。

 三月書房は本当に町の小さな書店さん。以前から、出版社向けに「販売情報」という紙を発行していた。きちっと配本を確保するためだそうだ。まず、それを電子メールで発信し始め、ウェブサイトをつくった。

 ウェブサイトといってもデータベースも何もない。ただの商品目録の羅列みたいな、一番原始的な、本当に素人が作ったというウェブサイトだ。  インターネットを使う前の通信販売の注文は月に10件ちょっとだった。それが2000年の1月は2件、2月が10件、3月が10件、4月が12件、5月が28件、6月が30件、7月が42件、とのびて、12月には70件。

 町の書店がネット書店にたいして、そんなにビビル必要ないといったけれども、逆に三月書房ができる範囲のささやかなウェブサイトと電子メールで通信販売をのばすこともできる。ということは過大なビビリはいらないけれども、知らん振りするのも、状況として違うだろうと。なにやら立派なシステムが必要なのではなくて、三月書房のあのボロボロのウェブサイトでも、その書店のムード、イロ、営業方針を反映しているものであればインターネットを活かすことができるんだと思う。

●ポット出版の取組と印刷との関係

  小さなわが社でネットやコンピュータを使ってやりたい事は、雑用をコンピュータに置き換える事だった。 社員の出勤簿を昔は表に手書きして電卓で計算していた。給料は比較的早くコンピュータ化したが、時間の計算——30分+45分は1時間15分と出す—— が面倒くさい。各人がエクセル(表計算ソフト)に自分の出勤を記録し、帰りにも記録する。締日に印刷するものには、残業時間などの合計が自動的に計算されている。担当者が給料計算ソフトに時間数を入力すればお終い。コンピュータのおかげで楽に処理できるようになった、というように。

 本の製作のデジタル化はずいぶん前から進めてきた。

 基本的にはクオークやページメーカー、その前の電算写植で作っていた時代も含めて、データは9年分くらいは保存してある。CTPは前からやりたいと思っていたが、今はまだ、フィルム出力+刷版の値段とトントンのようだ。重版することができるとCTP出力をまたしなければならないので、逆に経費がかかる。

 悩みがいくつかある。

 ひとつには、「本になったデータ」を本当に持っているのかどうか確認ができていない。

 印刷屋にMOで入稿し、普通紙で出力したものを従来の青焼校正の代わりと考えるようにして、最後の直しを入れている。この段階で直すものは印刷屋に直してもらっている。その最後のデータをまた戻してもらって保存しているが、2年以上前のものは印刷屋に渡したデータのコピーしか持っていないので、フィルムではなくデータで重版する時はもう1度校正しなければならない。

 データを保存しているのは、千や2千部重版するのが無理なときに、オンデマンド印刷でもっと小さいロットに重版できるように、と考えているから。今は、無茶苦茶コスト高で、使えませんけどね。

 余談だが、日販のオンデマンド出版は邪道だと思う。ページをばらばらにしてスキャニング、画像データにしたものをプリントしてオンデマンドといっている。これではデータが重たい。直しをするのもやっかいだ。だからデジタルデータの状態で保管して、スキャニングコストを省かなければオンデマンドを生かせないと思う。 電子書籍コンソーシアムがやった実験で『あしたのジョー』などを買ってみた。文字を大きくしようとすると、画像データなので、ビュアーからはみ出す。1 行ずつ上下にスクロールしなければならないのが手間。やはりテキストベースにしないと、融通が利かない。画像データを使うのは緊急避難的なやり方だと思う。

 またアプリケーションのバージョンアップなどでも悩む。十年前のデータをウチの環境で開けない。 NEC98で作った電算写植のデータもあるが、MS-DOS3.3だから、WINDOWS3.1の更に前の時代のもの。その機械も取ってあるが、会社が狭いので粗大ゴミに出してしまうと、いよいよ開けなくなってしまう。アプリケーションが進化していくのもいいが、折角保存したデータが使えなくなるので、その辺も考えなくてはならない。

 さらに、テキストの定着・確定の問題。紙に印刷したものであれば、あの人の論文の第何版にこのように書いてあった等と確定する事ができる。 デジタルの怖い所は、そのバージョンの確定が難しいこと。

  『デジタル時代の出版メディア』という本を電子ブック(ドットブック)で作ったが、奥付にバージョン1といれた。あせって作ったので、著者は「デジタル版出版にあたって」と書き加えたかったのだが、「時間がないからやめてくれ。その代わりデジタルだからいつでも変えられるからね。遅れてもいいから書いておいて。先に出したのはバージョン1ってことにしておくから」ってことにしてもらった。

 この書き換え可能、を使えば、「アマゾンなんて絶対にうまくわけない」と書いた物をそっと「やっぱりアマゾンはすごい」とあとになって書き変えることが可能。この、バージョンの管理という問題はまだ未解決。

 紙が素晴らしかったのは誤植も含めて確定したものだということ。デジタルデータは確定しないのが良さであり悪さでもあるので、その良さを活かしつつどのように悪さをなくしていくのか意識しなければならない。

 PDF化なども取り組んでいて、校正紙をPDFにして電子メールなどで送ったりして使っている。印刷・電子ブックなどでも使えると思うが、まだ、現実的な使い方を考えついていない。

 こうしたこと以外にも、ネットで出版活動をいろいろ絡めてやる事を考えている。

 例えば風俗嬢をはじめとしたセックスワーカーたちの手記を35人分くらい集めた本(『ワタシが決めた』)では、手記をネットで募集した。結局、ネットで申しこんできたのは3人くらいしかいなかったが、その途中で実際の原稿を1週間くらいの期間限定で事前に読んでもらえるように公開した。

 紀伊國屋書店のパブラインから売上データを受け取り、ポット出版のサイトで公開している。  日々のデータを見るためには月に10万円以上かかるので、1ヶ月分のデータをCSV形式で送ってもらうコースをお願いしている。月5千円。
 小さな出版社共同で申し込めば10社までは月5千円でいいという話があるので、版元ドットコムの有志で取り組もうかと思っている。また、読者に(ポット出版はすでにやっているが)公開する事も検討している。これからは取次、書店、出版社自身が情報を可能な限り公開して行く事が必要だと思う。できることはやっていこうという姿勢でサイトで公開をした。

 2年前まで電子メールでの本の注文は月に1冊くらいだったのが、今は、コンスタントに1日1冊来るようにはなった。ささやかな数字だが、ネットワークの効果を実感している。

 ボイジャーと協力して、電子ブックも作成している。無料で15分間好きなところを読めたり、限られたページだけ読めるようにして「立ち読み」できるようにし、有料でダウンロードすれば全部読めるようになっている。電子文庫パブリ(絶版の文庫を電子データで販売するサイト)でも1部採用しているのと同じやり方。紙のメディアは1800円、こちらは1000円とつけた。これは八百屋のたたき売りと同じ感覚での値付けにすぎない。紙などに経費がかかっていない分、下げたほうがいいかなという感じがしたので安くした。根拠は何もない。一定期間後に総括しなおす予定。ちなみにまだ9冊しか売れていない。 このようにどれがうまく行くかはわからないので、考えつくことはすべてやってみようと思っている。

●版元ドットコムの試み

 版元ドットコムは、皆さんから本を売るために始めたというふうによく誤解される。でも、書誌データはもちろんの事、本の主な内容、例えば前書き、目次全文までネットワーク上で公開して、読者に検索してもらおうという発想ではじめた。あえて言えば、販売するのは、そのおまけ。送料無料にして、少しでも買ってもらおうという姿勢はありますが。

 将来の夢は日本の本のポータルサイト(玄関口のようなもの)。あるキイワードを入れると目次や前書きなどをいろいろなデータベースをまわって検索できるようにしたい。

 一方、出版業界全体の販売・流通情報が、インターネットでおこなわれるようになってほしいと思っている。  現在の販売注文システムは、VANでおこなわれていて古くなってしまっていると思う。「インターネットでおこなわれるようになってほしい」と無責任なお願いの言い方をするのは、小零細版元ではとても出資できないから。

 VAN は金がかかりすぎる。インターネットであれば小さな書店さんでものることができると思う。販売・流通の情報交換は、書店・取次・版元のほとんどを網羅しない限り効率が出てこない。そのためには小零細でもアクセスできるようなものでなければならないので、インターネットしかない(ただしセキュリティに弱点があるが)。業界全体で、インターネットを使った在庫情報、書誌データ、販売注文の情報の交換をどこかがはじめてもらえないだろうか。

 さて、インターネットが普及して「eコマース」といったネット通販が普及すると、出版社の直販が始まるんじゃないかとか、スティーブン・キングのような書き手から読者への直販がはじまって、そればかりになるんじゃないか、という不安・不信感が表れる。でも、僕は正直まだまだ混沌としてわからないと思っている。少なくとも、ストレートに版元不要とか、取次がつぶれるとか、書店が要らなくなる、ということにはならないだろうと思う。

 例えばバッタ屋さんのサイトがある。

 売れ残りの商品を抱えている会社などがそこのサイトに掲示する。すごく安い。だれかが買う。ところがお金の決済が不安である。物を送ったらそのままドロンされてしまうのではないか、金を送ったらそのものがとんでもない不良品なのではないか、と。だからサイトやっている人が、お金を出す人にはお金をもらい、商品だす人には商品をもらって、確認してから取引する。間に第三者が入っている。インターネットは相手が見えないので、変わりにそういうシステムを作らざるをえない。

 こういった機能が必要で、それを担っているのが取次や書店や、出版社なのかもしれない。  だからまだまだ、ネットによって取次・書店・出版社がストレートになくなってしまう状況ではないと思う。  可能性はいっぱいあるのだから今のうちに頑張ってネットに関わった方がいいというのが僕の考え方である。
 最後にIT革命といわれるなかで、本の世界がどうなっていくのか考えてみたい。
 自分自身はどうやって本を買っているのかなと考えてみると、書評をみたりして注文するときは、一番近所の文鳥堂原宿店に頼んでいる。電子メールを送って相手のFaxに送信するようなシステムを作ったので、僕は電子メール、文鳥堂はファックスで受ける。
 どっちにしろ週に何回かはあっちこっちの本屋さんに行くから、そのときに買う。これが一番多い(ただしbk1が送料無料でやっているときは1冊でも注文した。その間、書店には全然注文しなかった)。

  あとは大型書店に行く時に気になった本を買う、そういうスタイル。
 やっぱり本は現物を見てから買うか、書評やだれかの推薦で買う。ネットで対応できるのは目的買いの部分が今は中心。そう考えると書店さんや取次さん、出版社の意味というのはまだまだ多いと思う。  今は、将来の見通しをあまり断定しないで進んでいこうと思っている。見通 しがズレちゃったら、って不安になるから。

 それよりも、たとえば「電子ブックを1冊だしてみて、同時に売っている紙の本の売行きが落ちるかどうかな」って実際に試してみる、そして、その都度、総括してできることから少しずつ取り組んでいく。そんなふうにやっていきたいと思っている。

ポット出版の本の一覧

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