三つの代名詞
昨年から会員になりました、皓星社です。この版元日誌でははじめましてですが、はるか昔に会員であった一時期があり、会社としてはデモドリであります。
この文章を読んでくださっている方のなかに、小社のことをご存知の方はどれくらいらっしゃるでしょう。社歴は三十余年あるものの、初対面の方には「初めて社名を聞きました」といわれることのほうが多いですし、ほかならぬ私も、入社数か月前までは皓星社の「皓」の字も知りませんでした。けれど時には「ああ、●●の皓星社さんね」と言っていただけることもあり、最近その「●●」はおよそ三つに分けられることに気がつきました。デモドリのご挨拶にかえて、小社の「三つの代名詞」を紹介させていただきます。
◆ハンセン病文学――『ハンセン病文学全集 全10巻』ほか
ハンセン病文学は、1979年の創業以来、小社の出版の中心的なテーマでした。ハンセン病の作家として有名な明石海人や北條民雄のほかにも、文学史には記録されていない多くの作家たちがいます。実際、ハンセン病の各療養所で出されている機関誌の文芸欄はおどろくほど豊かなのです。代表の藤巻曰く「ハンセン病の患者たちが、これほどの密度で長期間にわたって文芸活動が行っているのは世界中に例を見ない」。療養所在住の作家の詩集や小説集を長年にわたって出版し続け、その集大成として『ハンセン病文学全集』全10巻を刊行しました。2010年、完結の年には第7回出版梓会新聞社学芸文化賞を頂きました。
◆アナキズム――『南天堂』、『黒旗水滸伝』、そして雑誌「トスキナア」
代表の藤巻は会社を始める前、秋山清さんと大正時代のアナキスト「渡辺政太郎/村木源次郎資料」をガリ版で刊行していたらしい。表立っては言いませんが、そんなところにこの会社のルーツはあるようです。
寺島珠緒著『南天堂 松岡虎王麿の大正・昭和』は、本郷白山上にあった書店、南天堂とその店主・松岡虎王麿をめぐる「階上喫茶店考」だ。南天堂は1階が書店、2階がカフェーになっていて、多くのアナキスト、ダダイスト、若き芸術家たちが集ってひと時代を築きました。『黒旗水滸伝 大正地獄篇』もまた、大正期のアナキストたちの物語です。ページの上段にかわぐちかいじさんのイラストを、下段に竹中労さんの文章を配しています。2冊とも、大杉栄、久板卯之助、添田唖蝉坊、和田久太郎、村木源次郎、辻潤らがいた大正アナキズムの世界が描かれています。
昨年全20号で終刊した大沢正道さんが編集長の雑誌「トスキナア」(年2回発行)の、タイトルは後ろから読んでいただきたい。官憲の弾圧を避けて命名された浅草オペラの顰に倣ってつけられた誌名です。
今年3月には、小林節先生著『タカ派改憲論者はなぜ自説を変えたのか』を刊行しました。こちらはアナキズムの本ではありませんが、不当な権力に対抗するという姿勢は共通です。
◆雑誌記事索引集成データベース「ざっさくプラス」
最後の一つは書籍ではなく、和文献の二次情報を調べるためのデータベースです。小社では以前『明治・大正・昭和前期 雑誌記事索引集成』という全120巻の書籍をセット販売していました。戦前の海軍出身の平和主義者・水野広徳の著作集編纂のために集めた戦前期の雑誌記事索引の集大成です。これを基にデータベース「ざっさくプラス」を構築し、さらに新たなデータを加え国内外の研究機関に提供しています。某商用データベースや国立国会図書館の「雑誌記事索引」、国立情報学研究所のCiNiiでは検索できない戦前期の雑誌記事や、戦前・戦後の地方の雑誌を検索できることが特徴です。現在、データ総数は1500万件以上、国内112機関、海外55機関で採用されています。詳しい内容について話し出すときりがないので、興味のある方はぜひお問い合わせ下さい。
◆四つ目の代名詞に――『放射線像 放射能を可視化する』
今年2月末、『放射線像 放射能を可視化する』を刊行しました。著者は東大名誉教授・森敏先生と写真家・加賀谷雅道さん。お二人は福島・東京・茨城で放射能汚染を受けた動植物や日用品をサンプリングし、「オートラジオグラフィー」という手法で可視化するプロジェクトを行っています。本書はこうした「放射線像」の写真集で、下の写真のように、放射線を出している部分が黒く浮かび上がり、一見すると墨絵のような像になります。小社の今までの出版物とは毛色が違いますが、書店さんの震災関連コーナー、ネットの記事や2ちゃんねるで火が点いて、初版はひと月で完売しました。このペースでいけば、あと数か月のうちに3刷がかかるでしょう。こういった分野も小社の新しい代名詞にしていきたいと思っています。
この日誌は、上記の「ざっさくプラス」の地方営業終了後、宿泊地の新潟で書いています。今回の北陸営業初日に文科省が文系学部等の廃止・見直しの通達を出しました。いかにも反知性主義で教養のない首相の下の、教養のない文科省官僚らしいお達しです。大学がそのような体制のもとに事実上の職業専門学校と化していけば、人文・社会科学系研究の基礎調査に資するデータベースも不要ということになるかもしれません。しかし単なる「便利なシステム」ではなく、教養軽視の流れに対抗するような内容のデータベースづくり、本づくりを淡々と続けていくしかありません。
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