考えることの「楽しみ方」をサポートする本
4月から、「中学生までに読んでおきたい哲学」というシリーズの刊行を始めました。業界でも著名な松田哲夫氏に編者になっていただき、抜群のセンスで哲学的思索のできる優れた文章を選定し収録したアンソロジーです。
「哲学」というと難しいイメージがありますが、哲学は哲学書や哲学講義の中にだけあるのではなく、私たちの日常の暮らしの中に、また、気楽に読んでいる文章の中にもそのヒントは、ちりばめられているという鶴見俊輔氏(哲学者)の言葉にそって、制作しております。中学生位から理解のできる文を採用し、難しい言葉には丁寧にイラストを含めた注釈をつけているので、深く理解できて哲学的思索を楽しめます。巻頭に南伸坊氏のユーモアたっぷりのイラストをのせ、本文に入りやすくまた本書のイメージを柔らかくしています。
その辺りが、良かったのか4月中旬に刊行後、5月末には3刷に入るほど、好調の出足となっています。この様な地味な本としては異例のことです。
最初に刊行したのが、「死をみつめて」というタイトルです。
いろんな人がいろんな方向から、死生観を語っています。少し紹介してみます。
向田邦子の「ねずみ花火」、今までに筆者が遭遇した、突然亡くなった人のことを語ったエッセイです。いきなり圧倒的な強さで命を奪っていく理不尽さとはかなさを「ねずみ花火」にたとえています。
松下竜一の「絵本」、亡くなったはずの友人から、突然、小包が届き中に「ももたろう」の絵本が入っていたのです。同封の手紙によると次のようなことでした。「自分は病気で命がわずかだが、いつか生まれるだろう君の子どもに絵本をプレゼントしたい。親に君が結婚して子どもができた頃を見計らって送ってくれとたのんだ」感銘を受けた本人は、絵本を送ってもらったお礼に行こうとその親をたずねるのですが、両親ともすでに亡くなっていたのです。他のだれかにその旨を託したのです。これは、フィクションですが、ひとりの命が終わっても、こんな形で人は生き続けるという考えを伝えてくれています。
池田晶子「無いものを教えようとしても」、死の教育が議論されているが、「死とは何か」や「命の大切さ」を教えるより「命の不思議さ」を感じさせることが大事だと語っています。
他に伊丹十三、吉村昭、河合隼雄、佐野洋子、高見順、小松左京、大岡昇平などの短いエッセイや小説の名文を収録しています。
送られてきた愛読者ハガキをみると、読者は、中学生ではなくほとんどが60~80代の方でした。孫のために買ったが自分がはまってしまったという人が多いようです。
東日本大震災より、日本中が「命」の大切さを再認識する流れとなっています。子どもたちは「死んだらどうなるの?」とか「自分って何なの?」という素朴な問いを強く持っていて、大人は現実生活にさらされるほど、その問いが薄まっていくのでしょう。
「死」や「生き方」のことを重たくとらえずに、いろんな著名人の考え方を自分に取り入れていき、少しずつ消化すれば、新たな生き方のヒントになるはずです。本書のとらえる哲学は、難しい考え方ではなくて、私たちの身近にあり考えることの楽しみかたをサポートしてくれるものなのです。
このシリーズは、全8巻の予定です。月に1点ずつ刊行していき11月に完結です。これから、どう拡販していくか試行錯誤の毎日が続いております。
話が少しずれますが、本年度の読書感想文全国コンクールの中学校部門に小社の「怪物はささやく」が選定されました。実は、これも「死」がテーマになっている作品で、主人公の少年が「母」の死をどう受け入れ、どう乗り越えるのかという問題を「怪物」を象徴的に出現させて、幻想的に描いた作品です。
精神的な喪失と浄化を感じさせる、すさまじい読後感の物語です。
今、改めて思ったのですが、初めてこの日誌を書いたときも「死」がテーマの絵本のことを書き(おじいちゃんがおばけになったわけ)小社は、「死」をテーマにした本が実に多いですね。
今回は、最近の売れ行き好調本を紹介させていただきました。(了)