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想いをかたちに

みなさんこんにちは。
会友の渡邊豊(三修社)です。
三修社は、ドイツ語を中心とした辞書・教科書版元として戦前に創業された、語学系版元としては老舗の部類に入る出版社です。現在の出版ジャンルはでは、ドイツ語以外の語学書のみならず、私の担当する分野である法律、資格、経済、ビジネス、就職のほか、さまざまな分野の書籍を刊行しています。
今回は自己紹介も兼ねまして、先日、私が編集を担当した書籍「舞台|阪神淡路大震災 全記録」の刊行にかかわるエピソードを紹介させてください。

本書は、95年1月17日に発生した「阪神・淡路大震災」を舞台で再現しようとする意欲的な脚本家兼演出家・岡本貴也氏の手による戯曲(本書前半)と、05年に行われた公演の全国ツアーの準備から被災地神戸・西宮での公演の記録をドキュメントとしてまとめたもの(本書後半)です。

●台本との出会い●
05年7月。とある会合で舞台の実行委員と出会い、舞台の企画書を見せてもらいました。そのときの私には、「なぜいま阪神淡路大震災? しかも舞台?」という東京に住む者に共通すると思われる感想しか持てませんでした。
私は、実行委員に、「企画書という図面ではなくて、実際の原稿を拝見しないと、私は評価できないんです。メール添付で構わないので、送っていただけませんか?」と言うと、その翌日には初校の台本が送られてきました。

早速、社内でプリントアウトしました。ところが5ページも進むと、それ以上読めなくなってしまったのです。あまりに真実に迫ると思われる震災の現実を前に、涙が流れて流れて、社内では読めなくなりました。もともと私は無味乾燥な法律系書籍を担当する編集者。こんな経験は初めてでした。
しかし、送って下さいとお願いした台本を読まないわけにもいかず、帰宅途中の中央線の中で読み通しました。そのときの私は、満員の車内であることも構わず読み続け、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていました。

私は震災前に兵庫県に住んでいたことがあったのですが、震災当時は東京に居て、テレビ画面から流れる、よく知る場所の崩壊、倒壊の現実を何度も何度も目にしていたので、震災というものを分かったような気がしていただけだったのでした。ところがこの脚本には、私の知らなかった震災の現実がありました。医療現場の混乱、消そうにも水を持たない消防士の無念さ、目の前の家族を助けられない無念さ、避難所の現実などなど。いうなれば、「映像の向こう側にある真実」が、そこにあったのです。

●決意と落胆●
震災を正面からテーマに据えた舞台というのが、ほかにあったのでしょうか? このような「現実」を直視し、生身の役者が被災者同様になるような舞台って、あるのだろうか? 震災の現実から浮かび上がる「生きる」ことの素晴らしさ、残された者の思いをここまでリアルに描いた戯曲をなんとかして書籍という形で残したい。戯曲を読み終わった私は、そんな想いにとらわれていました。

帰宅後、もういちど読みました。やはり、考えは変わりません。すぐに実行委員にメールを出しました。是非、私に担当させてほしい。ただ、社内の企画会議を通さなければならないし、戯曲だけでは販売の点で何かと問題がある。その点も含め社内で検討させてほしい、と。

当然のことながら、問題は社内の企画会議でした。ウイークポイントは数限りなくあります。著者は、出版社にも居たことのある方。すでにどこかの版元で断られていたことは、あとで聞きました。それはそうでしょう。内容が内容だし、脚本だけでは。
いつもなら所定のA4用紙1枚の様式化された企画書で足りるのですが、それとは異なり、私は「これだ! この企画だ! 何が何でも通すぞ!」と思うときにはA4で3枚程度の企画書を作ります。さらに台本を2部用意して会議に臨みました。
案の定、結果は散々。ボロクソというのは、こういうことを言うのではないかと思った次第です。脚本だけでは売れないのは分かる、だから、いかに書籍という形にするのかのアイディアをみんなで出して欲しい、私はそう訴えましたが、会議の雰囲気は最悪。

落胆した気持ちを抱えて、実行委員に電話。他の出版社の編集者を紹介する気持ちもあったのですが、なんとか三修社で出版したい一念で、役員の強行突破作戦に切り替えました。
なお、同時期に、INC総会で、この企画をどうやったら書籍にして販売することができるでしょうか? と参加者に尋ねました。皆さん、ことばを選んでくれていましたが、雰囲気としては、やはりボツ!でした。

●正面突破作戦●
編集長は、当時たまたま病気で、長期の療養中ということから製作部長と営業部長が編集長代行という状態にありました。そこで、まずは制作部長に、この台本を読んでほしいとお願い。「あれ?(企画)会議のとき、(台本)あったんですか?」と部長。彼は、会議をたびたび中座していたため、最初の私の説明を聞いていなかった模様。

私としては、会議の参加者に台本を読んでもらって、これはダメ!と言われたのならば納得できたわけですし、それは自分の感性がズレていることの証。きちんと読んでくれる(であろう)部長に賭けたわけです。
翌日、件の部長が「読みました」と言って、台本を返してきました。なんとその上には、書籍の見積書が載っていたのです!

私:あれ? 会議じゃあボツになったんじゃなかったでしたっけ?
部長:いや、いろんな意見が出てたけど、ボツ! って明確になってたわけじゃなかったですよ。
私:もしかしてこの見積書って…(作っていいってこと?)
部長:渡邊さん、組版やるでしょ? そうすれば原価もあまりかからないし、万一、赤が出ても、渡邊さん(割と)◎いでるし(敢えて文字を伏せました)。
私:(*^▽^*)ニッ おお!

●想いは通じた!●
すぐに営業部長のところに、見積書と台本を持参したことは言うまでもありません。
営業部長は、かつて営業企画として、サラエボに関する書籍を三修社から出したことがあったとか。三修社が作るべきだと考えたと。ただそれだけしか言わない部長は、さらに、この台本を1週間預からせてほしいと言い残して、出掛けました。ピンときたのは、取次を回ってくれるのではないか? ということでした。

結果はビンゴ。内容的には、TRC方面がいちばん適当なのかなと思っていたのですが、部長も同じ考えだったようです。
ところが、そのTRCの回答は、第1に、NHKあたりがこの舞台を取り上げてくれたら…。第2に、戯曲だけではどうも…。
たしかに、第1の問題は、そうしてくれたら編集担当者としても大助かり。編集者は誰だってそうでしょう? 部長もそのことは分かっていて、話は第2の問題に移ります。
私も、戯曲だけを出版するつもりはなく、プラスアルファをずっと考えてますと言うと、部長曰く、「考えておいてくださいね」と言っておしまい。
「(あれ???)ということは、プラスアルファがあれば(出版)OKということですか?」と私。「そうですよ。頑張って下さいね。」と部長。

想いが通じた瞬間でした。

すぐに著者と実行委員に電話。喜んでくれたことは言うまでもありません。おそらく私も、彼らと同じくらいに嬉しかったわけですから。
それから、暫くして著者と企画の打ち合わせ。ブレストを2度。各2時間以上。やっと3度目にして方向性を決定。同時期には、舞台の本読みも始まり、通し稽古も観覧。何度も台本を読んでいた私は、台詞も覚えるくらいになっていたのですが、役者が動くと、また違う感動が私を襲います。わかっているはずの展開なのに、涙が出てきてしまうのでした。よく観察してみると、役者も泣きながら演技をしている。ギャラリーも涙目になっている。冷静に指示を出しているのは、著者だけという稽古風景。

新潟公演も見ました。実際の舞台は、脚本をいくら読んでも、稽古を何度も見たとしても、独特のもの。それはすさまじいほどの迫力がありました。

●配本●
12月2〜4日が神戸・西宮公演だったこともあり、結局、震災の日までに書籍を完成させることはできませんでしたが、ようやく1月末に配本。
月末配本に加え、その内容から、取次の配本率が非常に気になりました。ところが、なんと刷り部数の85%を超える数を取次に委託することができました。営業部の努力に感謝するとともに、取次各社の英断を評価したいと思います。
こんどは、営業せにゃなりません。ちなみに、TRCが言及したNHKの紹介ですが、この舞台は、神戸放送局、大阪放送局、その他テレビ局のみならず、ラジオ、全国紙、地方紙等で、取り上げられました。ギリギリまで引っ張って、本書の帯に刊行当時のマスコミ紹介リストを掲載しました。

●舞台●
06年6月23日から27日まで、池袋の芸術劇場小ホールで、【舞台|阪神淡路大震災】の東京公演が行われます。会員社、会友の皆さまの中で、この舞台に関心をもっていただけたら、是非、ご覧いただきたい舞台です。
【舞台|阪神淡路大震災】

あまりに長くなりました。編集担当者による本書営業編もあるのですが、今回は、これにて「了」とさせていただきます。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

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